2024年3月26日 (火)

新年度の研究計画

任期付き研究員の期間もあと残すところ1年となりました。

来年度の研究計画を主任と話し合って、今日の設計検討会で室内の人たちに発表したのですが、結果から言うと、全然ダメでした。最終年度の落とし所が一番最初の計画書に沿っていないという指摘が一番きつかったですね。

俺が策定したわけじゃねえんだ、と正直言って、開き直りたかったわけですが、それを言ったらおしめーよ、なので、思いつく限りの言い訳をしたわけです。とどのつまり、手を抜いて、この程度でいいんじゃねえか、という雰囲気が主任と私との間でありました。

4月からの主任は別の人になるので、その人と話し合った方がいいと思い、夕方、早速その方にメールでコンタクトを取りました。相手方からも、できるだけ今年度内に打ち合わせをしておきたいという返信があり、今日発表した計画書を送りました。

やっておくべきことは端折らない方がいいですね。

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2023年12月29日 (金)

2023年の私の10大ニュース

今年の自分の10大ニュースを時系列順に並べました。

1. 2月に茨城県内で開催されたスパルタンにベトナム時代の知人達と参加しました。雲梯とか無理かなと思ってましたが、どうにか完走できました。

2. 梨の花の開花日からクワコナカイガラムシの孵化日との関連を予測する研究を主要成果として提案しました。室内、所内、最後は普及員も含めた検討会で手応えはあったのですが、検討会の後に専技室ではねられました。

3. 3月に大阪での応動昆大会で発表して、昔の知り合いに約15年ぶりに再会しました。

4. 新たにナシマルカイガラムシの研究を始めました。昨年度、一番採集数の多かった病虫研でデータを取り始めたのですが、全くデータが取れ無いので、調査地を変えました。はじめのうちは調査方法も試行錯誤でしたが、だんだん質の良いデータが取れるようになりました。

5. 例年通り、長崎大の留学生向けに90分のダニ学の講義をしました。今年は学生の数もいつもの倍でしかも英語を母国語にしている人が多く、なんとなくやりづらく、しかも20分前に終了してしまいました。例年ですと、11月末に来年度の依頼があるのに今年はないところをみると、もうこないかもしれません。

6. 房総のシカとマダニの調査を論文としてまとめて共著者に閲覧してもらったところ、一人はOK、もう一人からダメ出し、別の一人から無視されました。解析をやり直したり、今のカイガラムシの仕事で中断したりで、まだ修正が終わってません。

7. カブリダニの飼育用に鉾田の海岸でクロマツの花粉を大量に採取したのですが、全く食べてくれませんでした。2、30年分の花粉を準備できたのですが、先行論文とは真逆の結果にがっかりでした。

8. 8月に大田区でタッチラグビーに久々に参加しました。日本に戻ってから初めて参加しましたが、練習中にスパイクが壊れました。

9. 10年近く使っているMacbook Airが故障がちになったので、新品を購入しました。フリーズしたり、電源付近が熱くなったりするので、壊れる前に新しいのに乗り換えました。

10. 合気道の初段認定にようやく合格しました。2月から昇段試験が始まり、3月に杖でつまづいてから11月まで全くなかったのですが、12月に若先生が腰を痛めて先生が教えるようになって状況が変わり、杖と剣の試験の後、一気に進みました。

振り返ると、今年は仕事関連で、出したものがリジェクトされて、それを修正することが多かった一年でした。パソコン、車のタイヤなど結構金のかかるものを買い替えたりもしました。コロナが収まり、北大や千葉大、ベトナム時代の古い友人と再会したり、研究室の飲み会が増えたのはよかったですね。

今年は還暦、年男で、来年は厄年。健康の悩みはだんだん大きくなってきて、老害も出てきているのを実感することもありますが、それにめげずに来年は充実した年にしましょう。

 

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2023年12月 2日 (土)

還暦を迎えて

久々のブログです。

昨日で60歳になりました。還暦。

ベトナムにいた時にラグビー関連の人の還暦を皆で祝ったことがあったのですが、まだ先という気がして、あまり実感はなかったです。

それが自分の番になってしまいました。光陰矢のごとし。

この頃はため息をつくことが多くなりました。それから独り言が多くなった気がします。年寄りたちは、やることを忘れないために、自分を鼓舞するために独り言を言っているのだとわかりました。

あと、恥ずかしながら、一人でいるのが寂しいと強く感じるようになりました。相手が離婚に踏み切った本当の理由に今更ながら気がついたからでしょう。私は自分のことばかりで、相手の将来のことを考えていなかった、と今になってつくづく反省しています。

なんか鬱になりそうなこの頃です。

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2023年6月22日 (木)

長崎大学での講義

長崎大学での講義に対する研修生からの評価が送られてきた。まずは辛口のコメントがなかったので一安心。

もう一つの留学生向けの講義はかなり早く終わってしまったので、反省した。最後に質問を受け付けても15分も残っていた。例年だとじっくり、途中で質問に答えながらやっていたのだが、今年は英語圏からの参加が多く、しかも例年の倍以上の人数だったのでやりずらかった。もしこっちでも学生からの評価があれば、かなり低いだろうな。

毎年、講義の準備が大変だし、準備の最初の頃は英語がなかなか思い出せないのできついのだが、自分の勉強にもなるので引き受けている。一年の活動のメリハリにもなるし、長崎に行くのも楽しみなので、もう十年以上続けているが、あと何年できるかという段階になってきたので、できるうちは続けさせてもらおうと思う。

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2023年5月28日 (日)

ダニの大家、A先生のお別れ会

 もう二週間前の日曜日だったが、昨年亡くなったA先生のお別れ会に参加した。東京の学士会館で昼食会を兼ねて開催されたが、久々に懐かしい人たちと出会うことができた。告別式はその通り故人と別れを告げる時であるが、疎遠だった人たちと再会する場でもあると思う。特に、A先生の人柄を考えると、そういう機会を設けることができてあの世で喜んでいると思ってしまう。大学時代の後輩、学会の仲間、先生の勉強会に参加した時の学生さん達など、たぶんこのような機会がなかったら再会することはなかったかもしれない。

 料理好き、酒好きの先生に倣う感じで昼食はフレンチのフルコースで堪能した。終わった後も、主催者のSさんを中心に京大のHさん、北海道教育大のTさんと横国大OBの方と中華を食べて飲んで、もう腹一杯だった。Sさんからの三次会の誘いを断って6時に帰路に着いたが、昼から6時間も食べて飲んでいた。

 私がダニを始めるきっかけとなった本を書いたA先生であるが、専門のダニの研究はもちろん、退職後に始められた甲虫の研究、弟子の育成、啓蒙書の執筆、どれもすごかった。この年になっても30代の時の先生に全然追いついていないが、追いつくことは無理でも、死ぬまで追いかけて走ることなら自分でもできる。

 安らかにお休みください。

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2023年5月17日 (水)

2度目のタイヤのパンク

 先週の土曜日に食料の買い出しに出かけようとしたら、タイヤがパンクしていた。土曜日に開いている、家の近くの修理工場をネットで調べて、とりあえず行ってみた。

 修理できるかどうか尋ねてみると、応急処置はできるが、ネジの刺さっている場所が縁に近いので、だんだん空気が漏れてくる可能性が高いという。また、タイヤがだいぶすり減っているので、いっそのことタイヤ専門店で新品に交換した方が良い、という診断を受けた。

 市内のイエローハットに行ってみると、タイヤの値段は1本3万円で、会員になると多少安くなるが、それでも全部交換すると工賃も含めて13万円もする。どうするか悩んだが、交換することにした。

 それにしても松戸の時の自転車、ベトナムの時のバイク、そして今の車と、私はパンクに遭遇する率が他の人よりも高い気がする。それだけ人よりも乗っているからか、それとも道路の変な場所を走っているせいなのか。ただ、イエローハットの店員によると、最近はゲリラ豪雨や災害のせいで、道路にゴミが流れるためかパンクが多いそうだ。その話には妙に説得力があったので、パンク修理の保険のようなものに入ってしまった。

 日頃の行いが悪いのか、予想外の出費となった。それにしても車が大きいので、タイヤもでかい。その分値も張る。今度車を買うときはその辺も考慮しよう。

 (ブログの記述は、前は丁寧語で書いていましたが、今後はその時の気分で記述を変えます。ブログをあまり書かなくなってきているので、書きやすいやり方で、もう少しブログを書くことを主眼に置きたいと思います。)

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2023年3月 5日 (日)

初段の試験に失敗

久々の更新です。

合気道の昇段試験でした。

ベトナムの時は、自分が受けたいから受ける、という感じだったのですが、本来は師範が、もうそろそろ、この域に達したか、という感じで試験を受けさせるものだそうです。

合気道の昇段試験は1年で取るものらしい。

海外から来た内弟子たちと学生の合宿で、いつもは5、6人の道場が20名以上になってしもた。

姉弟子から基本の横面打ちを指摘されていた時に、いきなり先代師範から、角田君、前へ、と言われて、あー、横面打ちのダメ見本か、と思って、前に出てみたら、学生の一人も前に出て、と言われ、あれっ、これはもしかして、昇段試験?

相手との間合いが遠すぎる、と言われて、先週まで共に稽古を重ねてきたチリ人のAさんがやけに近かったのを納得した。

その後のことは思い出せない。。。

内容の伴わない学位論文をいらないのと同じで、実力の伴わない初段なんて要りません。

また、明日から一歩。

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2022年12月23日 (金)

鳥フル作業と嫁に逃げられた原因に今さら気づく

 今日鳥インフルエンザの処分作業に行ってきました。疲れた。鶏を処分する作業自体は4時間ですが、防護服に着替えたり、移動したりで8時間労働でした。昼間作業でよかったのですが、昼飯は4時過ぎでした。あとは5時間トイレを我慢。作業の最初の頃はきつかったです。しかし慣れとは恐ろしいもので、チーム内での連携は段々スムーズになりました。唯一ゴーグルが汗で曇ったのが難点でした。

 行き帰りのバスの中で池波正太郎の「人斬り半次郎」を読んでいたのですが、自分が離婚した一番の原因に今になって気がつきました。自分が死んだ後の嫁のことを考えていませんでした。当時は自分の仕事のことだけでした。それじゃあダメだわ。わかった途端、死にたくなりました。

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2022年9月29日 (木)

小学校の先生の問題でついでに思い出した兄貴のこと

 久々のブログです。前立腺癌の経過はいい感じがしていたのですが、9月になってからなんとなく尿意が近くなってきた気がします。時々夜に起きてトイレに行くこともありますし。来月に久々の検診なので経過がどうなのかわかるかもしれません。

 時々学校教諭の言動が問題になります。今日見てニュースでは、50代の小学校教員が「無視しましょう。」とか、医学的根拠もなく、「発達障害だから。」と発言していたそうです。

 テレビをつらつらと見ていて自分が小学校の時を思い出しました。田舎の小学校なので、兄弟三人が同じ先生に教わりました。私がその先生に教わったのは小学2年生の時でした。当時はドリフの「8時だよ全員集合」、堺正章の「ハッチャキまちゃあき」、クレイジーキャッツの「シャボン玉ホリデー」がテレビで放送されていて、お笑い第一次ブームみたいな感じでした。ちなみに私の定義だと第二次は高校一年の時の「俺達ひょうきん族」と漫才ブームです。

 ちょっと脇道にそれましたが、自分もクラスで面白いことをやったり、言ったりすることが楽しくて仕方がなかったような気がします。その裏返しで、私は普段から落ち着きがなかったのでしょう、ホームルームでの家に帰る前の連絡を聞いていなくて、えっ、さっき先生何言ったの?と言うことがよくあったような気がします。もう50年も前のことなので記憶は曖昧です。

 その時の担任の先生の対応は、「聞こえていなかったのか。補聴器を使った方がいいぞ。」でした。

 今だったら、父兄に知れたら、彼は自宅謹慎でしょう。でも、当時は、違いました。私もまだ純真な子供だったので、先生から何度も補聴器を使った方がいいぞ、と言われて、母親に病院に連れて行ってくれ、と頼んで、親も渋々大学病院に連れて行きました。紹介状もなしに行けたのですから、今思うと大学病院の敷居も低かったのです。そして、母親も先生の対応について疑いを持つ、という感覚がなかったのだと思います。

 面白くていい先生だったのですが、今の自分の年齢で思い出すと、感情の振れ幅が大きすぎて、怒ると相手が子供であってもストップができなかったです。同級生で当時おしっこ臭い子がいたのですが、「お前のことをこれから寝小便しったろうと呼ぶぞ」、と言ったり、私の兄が親のことを悪く言われたと言って、授業中であるにも関わらず家に帰ってきたことがありました。この時は私は保育園(まだ教育機関ではなかったので幼稚園ではなく保育園)に入ったかその前だったような気がしますが、これも当時衝撃でした。今なら言葉にできるのですが、相手が先生だろうと兄貴は怒った時はやるんだ、という本質を見た気がしました。

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2022年6月29日 (水)

ハノイの蚊の吸血論文がアクセプトされた

 懸案だった論文がやっとアクセプトされました。というか、自分もその雑誌の編集委員だったので、査読中の論文の進捗状況を知らせるメッセージが来たので、クラウドを覗いてみたら通っていました。

 最初の投稿は2019年でした。疫学的な要素も取り入れた方がいいという示唆を取り入れて書き直したら、リジェクト。次の国際誌では編集長がいろいろコメントをしてくれて、とりあえず保留にするからじっくり練り直して再投稿してみてくれ、というので1年くらいかけて書き直して再投稿したらその間に編集長が変わってリジェクト。三番目の国内誌は返答がくるまで三ヶ月近くかかったけれども、リジェクト。もうここがダメだったらボツだな、と思って知り合いが編集長をやっている国内誌に投稿してやっと通してもらいました。
 共著者の一人がバイク事故で植物人間になってしまったので、なんとか論文として残したかったので、とにかくよかった。

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