2020年4月 1日 (水)

ほうほうのていで帰国、今日から環境が整う

 国のコロナ対策として長崎大学へは行かずに、さらに公共交通機関を使わずに実家に帰ることになったため、事務職員に羽田空港近くのホテルとレンタカーの手配してもらい、どうにか家に帰りました。

 税関で1時間以上も待たされたので12時過ぎに空港を出てから雨の中をホテルまで歩きました。もうびしょ濡れでした。

 翌日の東京はみぞれから雪でした。レンタカー屋で私の予約が入っていないという店員の回答があったり、領収書がてっきり入っていると思っていたらなかったりと朝からハプニングがありましたが、予定の10時過ぎに出発できました。久々の首都高でしたが、慣れないレンタカーに戸惑いながらも急いで、しかし慎重にみぞれ雪の積もった道を運転して、どうにか関越に乗りました。後半は順調で、渋川駅前のレンタカー屋まで母に迎えにきてもらいました。

 家についてからは二階に引きこもっています。私が家にいることが近所にバレるとお店にお客が来なくなるからと、通りの側の雨戸は閉めたままになっています。布団部屋になっていたのを母とよけて2畳くらいのスペースを作り、そこに妹が使っていたテーブルを置いて作業をしています。本当はこたつがよかったのですが、足がどこを探しても見つからないので仕方がないです。まだ寒いので、電気マットを敷いてこたつの掛け布団を下半身に掛けています。

 今日長崎大に退職届をはじめとして一切の書類と領収書を送りました。ベトナムでコーヒーをこぼしたMacを修理に出して、wifiルーターを注文して、今日どちらも届いたのでやっと仕事ができる環境が整いました。

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2020年3月28日 (土)

12年間のベトナム生活の最後

 帰国直前なのに愛用のMacにコーヒーをこぼしてしまいました。急いで対処したのですが、立ち上がらなくなってしまったので、すぐに以前修理してもらったMac専門の店へ持ち込んでみました。あれっ、遅いなあと思ったら、直すべき箇所がほかにもあるので時間と金がもっとかかると言われたので、明後日、日本に帰らなければならないから無理だと断って引き取りました。今は、DVD観賞用と万が一のバックアップ用に使っているWindowsを使っています。

 私の帰国は二転三転して、まず長崎に行かずに自宅待機せよ、という指令が大学側から出て、次に公共交通機関を使わずに帰れという指令が出たので事務にホテルとレンタカーを手配してもらいました。しかし、関東地方は今日から急激に冷え込んで、明日は雪になるかもしれないそうです。不安やなあ。首都高は通行禁止になるかもしれないので、もしかして下道かなあ。

 昨日は気象観測装置を撤去して、仕事関連の器具などを2階の長崎オフィスに運んでおきました。長崎のボスはそのままにせよ、という指令でしたが、サンプル以外は移動しておきました。サンプルは、いつ、誰が私の後任としてくるのか全くわからないので、エントのP部長に頼んでおきました。

 部屋に残しておいた、捨ていいものをほとんど捨てて、バイクやテレビを録画できる機械は業者に引き取りに来てもらいました。これでだいたい後片付けは終わり。油や塩は結構使い切らずに残ってしまったので大家さんに処分をお願いしました。

 最後に大家さんと別れて、ノイバイタクシーで空港へ。最後なので本当はNIHEのドライバーさんに送ってほしかったのですが、今はコロナウイルスのサンプリングで忙しいため、無理でした。昨日、一昨日は守衛さんたちとも飲んだので、もう思い残すことはないかもしれません。

 

 

 

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2020年3月27日 (金)

戒厳令まじか

 コロナウイルスの拡大で、土曜日の便で帰れたとしても14日間自宅軟禁になることになり、とりあえず長崎へは行かないことになりました。でも、公共交通機関を使わずに帰りなさいということになり、それは無理でしょうが、と思っています。レンタカーは皆取りまくっていて、土曜日に到着してからはもうないです。翌日はありますが、今予約してある蒲田のホテルに一泊するのに公共交通機関を使わないと無理なので、だったらそのまましれっと群馬に帰るしかないかもしれません。公共交通機関を使わずに帰れというのは要請なので、まさか機動隊と自衛隊が空港の改札ゲートで待っているような非常事態にはなっていないことを期待します。

 本当にやるのであれば、全世界が同時に2,3週間人の移動を停止するようにしないと無理でしょう。

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2020年3月25日 (水)

刻々と迫ってきた帰国

 先週の土曜日に長崎大と関係する機関の方々との送別会を開いていただきました。日曜日はタッチラグビーをやり、その後リパブリックで送別会をしてもらいました。ありがとうございます。

 両方の会で御礼の言葉を言った時に、日本にいたら絶対に出会えない人たちと出会えたことが本当によかったと思っていると述べたのですが、それはベトナム滞在中にずっと実感してきたことでした。

 今日は引っ越しでした。刻々とタイムリミットが近づいているのを感じながら、日々やれることを朴訥にやる。父の葬儀の時と同じで何もしないとぼーとして、時には泣くだけになりそうなので、忙しいのに越したことはない。

 結果はどうであれ、日本に帰りたいと思っていたので、帰るに越したことはない。

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2020年3月19日 (木)

日増しに別れの寂しさが募る

 今日の昼は4月から東大の修士課程に進学するフレラボのアシスタントと私のための送別会でした。新型コロナウイルスのためにどこの日本食屋もベトナム料理店も休みで、4 pieceというイタリア料理店で開いてもらいました。こういう場所でのスピーチは苦手です。特に英語だと言葉が出てきません。アシスタントの方がよく話せていました。

 合気道の送別会は先週で終わりです。拍子抜けしましたが、ベトナム人は今はみな外出を控えているようです。

 ジムも20日で終わりです。声をかける友達が最近増えてきたのに、残念です。去る時というのはこんなものかなあ。

 だんだんベトナムを去る寂しさが募ってきました。

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2020年3月15日 (日)

帰国準備に荷物の追加

 カントー大学の後、公募をいくつか見つけたのですが、若手限定とか募集期間がとても短くて内定者のアリバイ作りとしか思えないようなものでした。腹を括って群馬で論文書きに集中しようと考えていたら、准教授のKさんからアフリカでのマラリア媒介蚊の調査を手伝わないかと誘われたので、参加することになりました。

 タッチラグビーに加えて合気道関係者にも帰国の連絡をしたところ、昨日送別会を開いてくれました。聞くと、コロナウイルス騒動で皆、会社が終わったらまっすぐ家に帰ってじっとしていたそうです。お酒を飲むのはテト以来だという人もいました。しかしこんな状況下でも集まってもらえるのはありがたいことです。

 徐々に帰国の準備をしていると長崎のボスから気象観測装置も持って帰れという指令がありました。マニュアルを一から見直して昨日どうにか直したのですが、それでも持って帰れという指令です。来週、対策を考えます。

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2020年2月21日 (金)

失敗したカントー大学での面談

 先月ホーチミンに行った際に、ホーチミンパスツールにいる知人が私の事情を知ってカントー医科薬科大学の教職を紹介してくれました。

 本当は二週間前のはずだった面接が新型コロナウイルス騒動で延期になり、今日に至りました。

 パスツールの知人は元長崎大の院生で、まだ博士論文を提出していない身なので、一緒にカントーまで来るという彼女の誘いをありがたくもお断りして、宿泊先のホテルで自転車を借りて一人で出かけました。

 大学に行ってみると会議室に通されて教員5人が私と向かい合って座り、別に一人が通訳として私の隣に座りました。通訳の教員がパワーポイントを使って大学の紹介をした後、私が簡単な自己紹介をして自分のこれまでのベトナムでの仕事をパワポを使って簡単に説明しました。

 簡単過ぎたかも。

 通訳の人がどうしようかという感じで笑いながら向かい側の5人に話しかけていたので、発表に対する反応はまずかったのでしょう。あまりにも基礎的で、分子生物学的な研究はないのですかとかいう質問を受けました。後でサポート的に、分子生物学のラボで働くことはできますかとの質問が部長からあったのですが、プロトコールに従って実験をすることはできますが、自分でプロトコールを作成するのは無理ですと断りました。

 あー、これで最後の砦も失いました。

 また、4月から無職です。13年前に逆戻り。

 

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2020年2月17日 (月)

弾かれて弾かれて再投稿

 蚊の吸血行動の論文がJMEからレジェクトではなくて「退却」という形で戻ってきたので、レフリー達のコメントを参考にしながら書き直しました。

 さて、どこに送ろうか考えた末に、Journal of Vector Ecologyという雑誌に投稿しました。ここは長崎大学で最初にやった実験結果を掲載した雑誌です。投稿規定をしっかり読んで、新しい論文を参考に書式を整えて、お昼過ぎに投稿したら、なんとその日の夜に編集長から返事が戻ってきました。

 本論文は内容がうちの雑誌にそぐわないし、共著者の何人かとは連絡が取れないので受け付けません。

 即日リジェクトというのは初めてでした。

 気を取り直してタイのマヒドン大学が発行している熱帯医学の雑誌に投稿しようとしたところ、何度やってもメールが編集部に届きませんでした。これは諦めるしかないな、と思ったのですが、ダメもとでもう一回JMEに出すことにしました。

 昨日の夜、もう一度内容を見直してからJMEに再投稿しました。

 コガタアカイエカの原稿も共著者のところで止まったままだったのですが、先週に当人から返信があり、さらに別の共著者からも「どう考えているのか返事をくれ。」という催促のメールが来たので、二人に考えに同意する、という返事をしました。

 とりあえず出したので、どっちも今は待つ状態です。

 

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2020年2月 2日 (日)

コロナウイルス騒動

 中国武漢で流行している新型ウイルスがベトナムにも広がっています。患者数は日本の方が多いのですが、人々の反応は日本よりも極端です。

 まず、みな室内でもマスクするようになりました。外でバイクに乗っている時は当たり前でしたが、ジムのスタッフがマスクをしながら掃除をしているのを見たのは初めてです。

 それから、合気道の稽古は今日から一週間ほど中止になりました。また、来週の月曜、火曜にカントーで予定が入っていたのですが、それが急遽取りやめになりました。先週の木曜日のテト明け直後に飛行機とホテルの予約を入れたばかりでした。

 用心に越したことはないですが、極端だな、と思ってしまいます。

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2020年1月30日 (木)

仕事は良し、ホテルは悪し

 テトの休暇を利用して、タイのマヒドン大学に来ています。一箱100枚のスライド標本が入っている標本箱の二箱分のデータを相方が紛失してしまったので、まだデータ化していなかった4箱分と合わせて6箱分の標本のデジタル写真を撮影しました。1枚のスライド標本に8枚の蚊の翅が入っているので、4800枚の写真撮影を土日返上で5日間で終わらせました。

 さすがに疲れました。

 土曜日の夜は大学時代の同期が今月からタイの工場に赴任してきたので一緒に飲んだのですが、それ以外は毎日9時から7時までずっと顕微鏡を見ていました。目が悪くならないといいけど。

 同期の奴は、自分はなんでこの歳になってタイに飛ばされたんだ、と愚痴りたかったようでしたが、私のベトナム赴任は3月まででその後は未定、という状況を知ってから、なんというか驚いてしまって愚痴も萎んでしまったようでした。

 ところで、長崎の秘書さんがなんとか頑張って出張扱いにしてくれようとしていたのですが、今回の仕事はプロジェクトの範囲外のこととして認められなかったようです。

 最後の夜なので相方夫妻が夕食に招待してくれて楽しくビールを飲みながら食事をしたのですが、ホテルに戻ったら、今夜の予約はされていなかったので、割ったコップの分と一緒に金を払え、と言われました。

 えっ、と戸惑いながら、部屋に戻ってプリントしておいた予約の内容を確認したら、今日のチェックアウトになっていました。でもさ、言いようがあるよね。お互い英語が母国語でないにしても。

 ガラスのコップは、3日前にいつもより1つ多かったペットボトルを小さなお盆から取ろうとしたら、お盆の置いてあった机にコップが当たって割れたのでした。えっ、こんなので割れるのか、と思いつつも、ガラスをまとめてお盆に置いておきました。ずっと今日もそのままです。

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