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2010年7月

2010年7月28日 (水)

ハノイ市内の調査(第二段階)

 デング熱媒介蚊の調査をハノイ市内でもっと大規模に行う予定で、5月末にはベトナム側に計画表を提出しました。早く準備してくれと、何度も尻を叩いた揚句、6月は無理なのはわかっていましたが、7月下旬から活動することを約束して先々週一時帰国しました。

 訪問する家を選ぶのに家のリストをあらかじめ手に入れておきたかったのですが、昨日、案の定調査する日にならないとリストが手に入らないと言われました。とりあえず、乱数表で調査家屋の数だけ番号を選んでおいて、今朝、保健所でリストを手にするとすぐに番号を割り振りました。しかし、家の数が微妙に違っているページがあって、数か所の割り振りにミスがでました。

Dong_da  今日の調査地区。今日と明日はハノイ市中心部で調査をします。かなり家が密集していていて道幅は狭いのですが、そこのけ、そこのけという感じでバイクが通りぬけます。

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2010年7月22日 (木)

ダニ学講義と疥癬

 一昨日、昨日とダニの講義をしました。一日目はマスターコースの学生相手に英語で一コマ、二日目は三ヶ月研修コースの受講生を相手に日本語で二コマでした。昨年のマスターコースの授業の評価がいまいちだったので、今回は準備に時間をかけて、授業はできるだけわかりやすくするようにしました。一コマ90分×2本を英語でやりとおすのは教える側もしんどいのですが、今年は一コマだったこともあって楽でした。

 今年の研修コースの授業では、前の年に比べてツツガムシや疥癬に力を入れたのですが、皆さん、保健医療の現場で働いてきた人達なので、患者さんから疥癬を移されたという方が幾人かいました。やはり、疥癬の部分が講義で一番盛り上がりました。これだけ清潔な現代の日本でも疥癬の患者が発生します。疥癬の専門家は私の知る限り国内には大滝先生しかいません。近い将来その後を引き継いでくれる人が必要になります。

 授業のために疥癬の勉強をしていてわかったことなのですが、自分の薬指に数年前まで疥癬が一匹いました。時々かゆくなったのですが、その頃はストレスのせいだと思っていました。何がきっかけかわかりませんが、いつの間にかいなくなりました。

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2010年7月20日 (火)

ブルーベリー狩りと墓の掃除

Photo_2 土曜日の夜に群馬に帰りました。日曜の朝は長崎とハノイのお土産用に近くの農園でブルーベリー狩りをしてきました。ブルーベリーは今が旬で、ここの農園のブルーベリーは粒がでかくて、鈴なりになっていて、母親と二人で一時間ほどで5キロ収穫できました。

 その後、父親とお墓の掃除に行きました。父親が時々草刈りをしているのか、思ったほど草が生えておらず、早くに仕事が終わりました。それでも汗びっしょりになったので、家に帰ってから行水をしました。昼飯を食べた後、今夜泊る千葉へ向かいました。

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人が多すぎた美術館

 金曜日の夜にアパートを出て、福岡行きの飛行機で一時帰国しました。Tさんにちゃんとノイバイ空港までのタクシーの予約を入れておいて貰ったはずが、ドタキャンとなり、あわてて自分でタクシーを呼ぶはめになりました。Uさんと同じ便だったのでUさんのアパートを経由して帰ったのですが、本来なら二人で20万ドンであった料金がメーターどおりに支払ったため40万ドンになりました。これだからベトナムのサービス業は困ります。

Photo 三連休なのでそのまま福岡から羽田に飛びました。まず、乃木坂の新国立美術館へ直行し、オルセー美術館展を見ました。会場はすごい人出でした。私が帰るときはもっとすごい人数でした。いい絵が展示されていたのですが、ゆっくり絵を堪能する感じではなかったです。

 次に東京駅前に最近できた、三菱美術館一号館に行きました。こちらは入場者制限をやっていて、入るまでに15分ほど待たされました。添乗員のサービスも丁寧で、写真のようにこじゃれた中庭もあって雰囲気はいいのですが、昔のオフィス用の建物をそのまま美術館に転用した感じなので、部屋が狭く、確かに入場者を制限しなければやっていけない感じでした。部屋にはやたら昔の暖炉がありました。

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2010年7月14日 (水)

ハノイの大雨

 日本、特に九州などは今年は豪雨がすごいようですね。ハノイでも昨日、出勤しようとしたら突然大雨になりました。かなりどしゃ降りだったので、1時間ほど様子を見て、小降りになったところで家を出ました。ズボンはカバンに入れて、短パンとサンダルで歩いて職場に向かったのですが、NIHEの前は川になっていて、あやうくサンダルを流しそうになりました。水は深いところは膝まであって、結局短パンもびしょぬれになりました。

 職場に着くと普段白衣を着ない人も皆白衣やジャージに着替えていました。かなり濡れたのでしょうね。

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2010年7月 9日 (金)

蚊からのウイルス分離を始める

 5月から蚊からウイルスを分離する仕事に着手しました。指導者兼相方のHさんが今一時帰国していて、おまけにアシスタントの女の子たちも一人は入院、もう一人は家族旅行なので、作業を一人でやっています。あれっ、どうやるんだったっけとか、液をこぼしたりとかはしょっちゅうですが、どうにか1週間を一人で乗り切りました。

 ウイルスを感染させるために細胞を培養しているのですが、毎日観察していると元気なのかそうでないかがなんとなくわかるようになってきました。まだまだ始めたばかりで結果はどうなるのかわからないのですが、過去3年間に採集した蚊のサンプルがかなりあるので、がんばって全部すりつぶして少しでもデータ数を増やしたいです。

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2010年7月 7日 (水)

体調不良と、よくわからない祝賀会

 日曜日のサッカーの後の食事で、生焼けの唐揚げを食べたのが悪かったのか、それともその後のサービスで出た、油のようなものが浮かんだアイスコーヒーを、ええい、ベトナムだからしょーがねえや、と飲んでしまったのがいけなかったのか、ずっと下痢が続いています。

 普段ですと夕飯をおかゆにする程度で回復するのですが、今回は直りません。あまり抗生物質は飲みたくないのですが、今回はY教授の勧めもあって毎食後飲んでいます。夜はなかなか寝つけず、ワールドカップが大詰めを迎えているせいもあって、ついつい夜更かしをしています。

 今日の昼は、エントの新室長のHさんと私が過去に二度ほど怒ったS君が正式な職員になったお祝いにエントのスタッフ全員で食事に出かけました。ここのところ連日35度から40度の日々が続いているので体力温存のためあまり外には出たくありませんでしたが、仕方ありません。その代わり、食事の時はエアコンのまん前に座らせてもらいました。しかし、用意された部屋は全く冷えておらず、おまけに頻繁に停電したので、食事をとっているにもかかわらず疲れました。

 それにしても正式な職員になっていないのに室長になったり、日本に研修に行かせてもらえるとは、つくづく不思議な国だと思います。

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2010年7月 4日 (日)

新婚のT君夫妻宅にお邪魔する

Rimg0007 先日はT君の結婚式でしたが、彼がエントの仲間を自宅に招待したいというので、私も金曜日の仕事の後でお呼ばれされて行ってきました。紅河を渡ってからバイクで15分位でしょうか。写真は彼の家で、100ドルくらいの貸家でした。当たり前ですが、日ごろ調査をしている家々と全く変わりありませんでした。連日連夜の暑さの中、エアコンもなく、ビールも冷えていなくて、おまけに鍋料理だったので帰ろうかと一瞬思いました。ベトナム式に床にゴザを敷いて宴会が始まりました。  Rimg0008_2

 写真は当日の献立です。甘辛いスープの中に鯉に似た淡水魚がまるまる一匹入っています。うまいのですが、小骨が多いので私はあまり食べませんでした。赤いのはトマトで、他にザーサイがたっぷり入っています。両隣りにあるのはアサリに似た貝を煮た料理で、奥にある白いのはブンです。ベトナム人はおじややうどんの代わりに、このブンにスープをかけて食べます。手前の皿は、豚肉と何かの花のつぼみを油で炒めたもので、結構いけました。あとはエントの冷蔵庫からスルメを持って行きました。

 食事の後は皆でワールドカップのオランダ対ブラジル戦を最後まで見ました。私の予想通りオランダが勝ちました。月曜のお昼はブラジルに賭けた人からおごってもらえます。

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2010年7月 2日 (金)

サッカー日本代表ベスト16

 日本代表が負けてしまいました。Hさんの家に集まって、フレラボの日本男性スタッフで応援したのですが、惜しくもPK戦で負けてしまいました。なんか、勝てそうな気がしたのですが、あと一歩というのが世界の強豪の壁なのですかね。主力メンバーのほとんどが北京オリンピックの時のメンバーで、このときは惨敗でしたが、よく皆這いあがってきたものです。

 結果的には岡ちゃんでOKでしたが、あのままオシムが監督を続けていたらどこまでいけたのだろうかと考えないわけではありません。今度の監督は一般には無名であっても、オシム並みのいい監督を選んでほしいです。実力ある選手を選んだのに惨敗した、ジーコの時のような失敗はもう沢山です。

 これから世界の壁を超えるために、ユース代表やU22代表が常時ベスト8以内に入るように若手を育成したり、名将といわれる監督を引き抜いてこれるようになってほしいものです。

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レフリーからの最悪のコメント

 国内誌に投稿した論文についての返事が編集長から戻ってきました。却下。正直、まさかと思いましたが、レフリーのコメントを読むと散々でした。特に、第一レフリーは、私がいかに無知で、無能かというのを嫌というほど、書いていました。実際コメントには、「浅はかな筆者らの・・・」と書かれていて、いくらなんでもこれはないなと感じました。今まで受けっとったレフリーのコメントの中でも最悪でした。建設的なコメントが一切ありませんでした。確かに私が至らないからこのようなコメントをもらうのでしょうが、それにしてもこの何日間は原稿に向かうのが嫌になりました。自分はこのようなレフリーにはなるまい、いくらひどくても前向きなコメントを同業者にはしてあげたいとつくづく思いました。

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