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2012年11月28日 (水)

共著者の要請についての苦い記憶

 来週、ホーチミンへ出張なのですが、その際に、パスツール研究所の人達に蚊を採集してもらいます。それで契約書のほかに、パスツール側から簡単なプロトコールを作成して送ってくれるように頼まれました。雛型を参考にすぐに送ったわけですが、一週間ほどしてからかなりいろんな項目が書き加えられたプロトコールが戻ってきました。

 大体は同意できたのですが、一番最後に、本研究に関わった研究者はすべて国際誌に投稿する際に名前を入れること、という一文がありました。

 実は、私がベトナムに来て最初に行った調査結果を、今ある雑誌に投稿している最中なのですが、それに際して嫌な思い出がありました。今回のようにパスツールの人達と共同で行った調査でしたが、論文を投稿する際にパスツール側から副所長二名を共著者として加えるように要求がありました。もちろん納得できないと抗議をしたのですが、これから先調査を協力してもらうこともあるので、泣く泣く妥協しました。あとで聞くと、副所長が教授の審査を受けるのに論文が必要だったとか。情けなくて泣けてきます。

 二度と前回のような思いをしたくはなかったので、本研究に関わった、の部分を本研究に責任のある、に変更して送り返しました。カウンターパートナーのTさんはそれで受け取ったので、今回は一応おさまりました。

 日曜からTさんが来ているわけですが、昨晩は彼女を囲んでH1さん、H2さんと4人で「紀伊」で一緒に食事をしました。彼女のお土産のワインも2本あけ、さらにワインを2本注文してそれもあけ、最後はJICAの支援でハノイに来ている感染研グループと合流してお開きとなりました。

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