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2012年12月

2012年12月31日 (月)

2012年の十大ニュース

 昨日やり残した台所とリビングもきれいにして、ようやく大掃除も終わりました。

 今年やっておくべきことは全部やったので、夕方4時くらいに、最近できた東屋という露天風呂を兼ね備えたホテルへ、風呂に入りに行ったのですが、6時からの営業です、という返答にがっくり家に引き返しました。今年はこんなものか。

今年の私の十大ニュース。

1.ヘルニアになる。

 このせいで、サッカーと合気道はやめることにしました。

2.オリセットネットと石垣島の蚊の論文がようやく通る。

 アクセプトするまでに3年近くかかってしまいました。

3.ベトナムでの契約が1年間延長される。

 一報が遠かったこと。メールを通して今のボスの考え方が前よりわかった気がします。

4.山形蔵王の樹氷、田沢湖温泉へ初めて行く。

 18年ぶりのスキーでした。どちらのスキー場も景色がいいです。温泉も最高でした。

5.KARA、少女時代にはまる。

 前半はKARA、後半は少女時代でした。11月にハノイに来たので実物を見に行きました。

6.ダニ学会に6年ぶりに参加する。

 千葉大以来久々に参加しました。会場になった松江もいいところでした。

7.エスペランサ閉店。

 二次会で行く店がなくなったので、長谷部亭に皆で行くようになりました。

8.週刊Vetterで衛生害虫の連載をした。

 一部から面白かった、というご意見をいただきました。

9.東京の伯母が死去。

 小学生の時に、上野動物園とか、科博とか連れて行ってもらいました。

10.RADIKOによってFM長崎が聞けるようになった。

 土曜夕方のアバンティとか、山下達郎のサンソンとか、日本にいたときに車を運転しながらよく聞いていたラジオ番組を聞けるようになりました。

番外.シミ取りをした

 何を血迷ったの、と言われました。

(翌日、Vetterを思い出して、シミ取りと入れ替えました。)

 それでは、来年もよろしくお願いします。

 来年は皆さまにとって良い年になりますように。

 

 

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国際化に対応できていない受験手続き

 午前中はNIHEに行って蚊の世話をしてきました。午後は書斎と寝室の掃除をしました。リビングと台所は明日にします。今年もあと一日です。

 12月はじめにパスツール研に行った際にTさんから長崎大の大学院に入りたいという希望を長崎のボスに伝えたところ、1週間ほど前から事態が急転しました。医学部か獣医学部、もしくは修士卒でないと長大の医歯薬系大学院には入れないのが原則なのですが、彼女の場合、ファーストオーサーではないにせよ少なくても5本の論文が出ており、修士卒と同様の資格を持つとして、入学させる方向にあります。奨学金ももらえそうです。

 私も当然のごとく巻き込まれて、書類の準備をするのに結構忙しいです。志望動機とかこれまでの実績とか私が翻訳することになりました。ボスのほうはほかに2人面倒をみるそうなので、Tさんの分だけでも面倒見てやってくれと頼まれれば、はいとしか言えません。

 それにしても、留学生を受け入れる前提のはずなのに、受験手続きの書類などはちっとも国際化に対応していません。これではちっとも留学生自身が書けるところがありません。日本語の読み書きができなければ、お手上げです。

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2012年12月30日 (日)

やっと調査が終わる

 やっと今日仕事が終わりました。昨日までは一日2地区のペースでこれまで調査してきた地区を回ってきたわけですが、今日は朝8時から根性で3地区を回ってC君となんとか終わらせました。

 昨日はHoang Mai区で、案内のおばちゃんに再会して、相変わらず、憎まれ口をたたかれました。 

”スウ(私のニックネームというか、ベトナム人はツが言えないので)、まだ嫁を貰ってないんか、よかったら、3人くらい紹介するぞ。”(推定訳)

 今日は、また別に地域で、案内のおじさんにたまたま再会しました。お茶を飲んでいけと、誘われたのですが、午前中に2か所をまわらなけばいけなかったので、、お断りしました。

 もうこの年になると、怖いものはなくなるか、堅実にいくか、どちらかでしょう。

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2012年12月28日 (金)

年末なのに行っている調査

 年末になって思いつきで始めた野外調査があったのですが、昨日で無事終わりました。似たような環境で場所だけ変えて二か所で調査を行う予定でしたが、手違いで一か所は全く予想外の環境でした。結論から言うととてもおもしろい調査結果となりました。

 朝7時に集合して、午前と午後に2回調査をするのは体力的にきついのですが、結果が良ければおいしいビールを飲めてほかに言うことはありません。冬の結果と比較するために、5月頃にもう一回同じ場所で調査をしたいと思っています。

 もうひとつ、日本に研修に行くC君の解析に使うためのデータを今週に入って集めています。何やっているんだ、といぶかったり、嘲笑するベトナム人を尻目に、ただひたすらハノイで調査をした場所を歩いて、調査地の上空の写真を撮っています。

 前に丹沢で森林の照度を測定する方法として空間間隙率を天空写真で算出したことがあったのですが、それを都市の空間にも適用できないかと試しています。実際には、短いルートなのにやたらと電線と洗濯物が頭上にあることが多いので、無理かも、と思うようになってきています。

 幼虫と蛹を採っていた時には気づかなかったのですが、ただ歩いてみると、実際にはとても狭い地域でした。市内で一番デング熱が流行している場所なんて、本当にこんな場所に200世帯も人が住んでいるのかと思うほどでした。自分が担当していたエリアを歩くと、当時道案内してくれたおじさん、おばさんが私を覚えていてくれて声をかけてくれたりして、懐かしかったです。こういう時は(永住したいとは思いませんが)、いいところだなと思います。

 

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2012年12月25日 (火)

1750ドルのクリスマスプレゼント

 日本も寒そうですが、ハノイもここ数日寒いです。夜は毛布をかけて寝ています。

 昨日はタッチラグビーの練習の後、焼き肉屋で忘年会でした。久々に腹いっぱい食べました。ヘルニアになったり、サイゴンのタッチ大会に参加したりして、今年はラグビー関連でいろいろありました。

 昼間はC君と残っている野外調査の計画を打ち合わせしました。デング熱患者宅は全部とはいきませんが、保健所を受診した人たちの住所については各保健所で何とかしてくれそうです。明日から早速C君はGPSで患者の家の位置を入力し、私は以前から考えていたのですが、林冠部の間隙を撮影したのちデジタル化する方法をこれまで調査した場所で応用してみようと思います。

 今日はクリスマスイブです。ベトナムに来て1年目にやった調査の論文が今日ようやく受理されました。調査に1年、解析に1年、論文にするまで半年、そのあと、2回リジェクトや修正があって、3回目となるある電子ジャーナルでようやくアクセプトにこぎつけました。これが私のクリスマスプレゼントか。

 よかったー。けど、投稿料が1750ドルって、高いですね。ひと桁間違えてるのか、と思いました。

 

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2012年12月22日 (土)

PMCからの情報提供拒否

 来年早々NIHEから長大へ研修生としてC君を連れていきます。C君のやりたいことを聞いて、受け入れる教官はSさんに決めてあります。Sさんからはどうせ面倒みるなら、論文として結果になるような研修にしたいという意向がありました。C君ももともと私と2年近くとった野外データを使って、空間分析をやりたいということだったので、渡りに船、とばかりにSさんも交えた共同研究へと発展しそうです。

 Sさんからは新たに、デング熱患者宅の位置データを我々のとった蚊の情報と照らし合わせられないか、という問い合わせがありました。C君に患者のデータを手に入れるように頼んでいたところ、デング熱対策の総元締めのPMCから一昨日データが入る予定でした。

 が、昨日の朝に延期されたと思ったら、PMCから情報提供拒否、の連絡がC君のもとへ入りました。理由を問いただすと、英語に翻訳できない、という、首ががっくんとなった上に、膝まで折れそうな、なんとも情けない返答でした。

 こういうとき、この国で仕事をする限界みたいなのを感じます。

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ボスを交えての話し合い

 長崎から今のボスが仕事ぶりを見に来ました。研究室の教授になったばかりの時以来ですから2年ぶりくらいでしょうか。とりあえず、来年の計画について蚊媒介班で話し合いました。

 契約更新に伴ってボスとはいろいろ話し合ってきて、彼の考えていることは以前と比べてよくわかったので、私にとっては話し合いというより仕事内容の確認に近いものでした。

 仕事において、これからの1年が私にとって非常に重要な年になると思います。

 ミーティングの後は、最近、近くにできた洋食屋で蚊媒介班のメンバーで食事をしました。

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2012年12月19日 (水)

仕事ぶりの違うアシスタント

 3年ほど前から私の調査にはC君とD君が専属でつくようになっています。苦節はありましたが、どうにか先日、彼らとの調査を論文にまとめて今のボスに渡しました。来年、C君が一カ月日本に研修に行くので、その時にはこれまでの調査データを空間分析する予定です。うまくいけばこれも論文にします。  

 仕事ぶりも性格も二人ともまったく違います。C君は私がミスターミステイク、とあだ名をつけたほど、細かいミスが多いです。注意力にかけるのか、仕事も9割できるとほっとしてしまいます。よくいえば、人が良すぎます。昔読んだ、「ベトナムのほほえみ」という本に、彼のようにあともう少しというところで気を抜くベトナム人の性格が書かれていましたので、彼のような人間は昔からベトナム人に多いタイプなのでしょう。ミスターミステイクですが、自分で仕事を見つけてやってくれます。

 D君のほうは英語もまずまず話せて、一度注意すればほとんどミスをしないのですが、仕事に積極的ではありません。自分で自分の仕事量を勝手に決めて、自分のどこが悪いんだ、と考えています。これでは本人が自分は仕事ができると思っても、結局いい仕事ができません。本人のキャラなのか、それとも新しいベトナム世代なのか。

 ちなみにC君は地方出身で、両親とも教養があり、4人兄弟の末っ子で上は皆女。D君の兄弟構成は知りませんが、ハノイ出身で母親は前にNIHEに勤めていたそうです。

 昨日はC君のミスを注意して、今日はD君のノーフォローを注意しました。

 ま、いろんなキャラの人間がいるから世の中面白いわけですが。

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2012年12月15日 (土)

絶命寸前のパソコン

 週の前半は長崎から来た研修生たちと昼夜とベト飯を食べに行っていて、だんだん食欲がなくなってきたなあ、と感じていたのですが、木曜日はかなり仕事をしていてきつくなりました。どうやら風邪をひいたようでした。木曜の夜は8時に寝ました。12時間近く寝たせいか、翌日はだるさも熱もありませんでした。

 ブログをここのところ更新できなかったのは自分の体調不良のほかにパソコンがかなり具合が悪くなってきたせいもあります。1年ほど前から電源を切る前に、必ず、更新プログラムをインストールしてからシャットアウトします、と、表示されます。そして、1か月ほど前から画面が真っ暗になって自力で復旧したりします。もうじきまる5年になるので、しょーがないか。

 しかし、ついに今週、本体の空き領域がゼロになってしまって、メールすら送れなくなったので、仕事に必要なもの以外のソフトはiTuneを除いて、すべて消去しました。それでも、いつの間にかまた残量が減っているので、フォーマットし直すしかないと考えています。ですが、できるだけ一月の一時帰国まで延ばして、新しいのを買ってからにしたいです。

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2012年12月 8日 (土)

スタッフが若返っているパスツール研

 パスツール研究所でいつも私のカウンターパートになっているTさんの下に新人が入りました。同じ大学の同じ研究室の後輩の男性だそうです。英語もそこそこ話せますが、仕事に真面目なのがなによりいいです。仕事の手を抜きたがるベトナム人、特に男性は多いですから。

 実際のところは、現場での仕事となるとまだまだです。

 一昨日、昨日と、県から応援に来た、彼よりも年配の女性が、彼のいるグループで蚊をとる作業をし切り出しました。彼女の案内で家を訪ねて行ったら道に迷ったり、勝手に作業を進めるので蚊の採集した容器がコンタミしたりしました。これは、オバさんを暴走させてしまった彼が悪いです。現場で現地の人をコントロールするのはNIHEやパスツール研の人の仕事です。

 二年以上、パスツール研には来ていなかったのですが、だいぶスタッフが様変わりました。若い人がさらに増えて、Tさんは30歳そこそこですでに昆虫動物研究室のNo3です。室長のK君は35歳くらいでしょう。未来がありますよね。

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2012年12月 6日 (木)

Photo 今、蚊をとっている地域はハノイ市から車で1時間の場所で、最近は工業団地として開発されています。道幅もハノイよりずっと広く、表通り沿いには韓国語の料理屋の看板がやけに目立ちます。

 でも、一歩道から外れるとこんな感じです。どこまでが庭でどこからが林なのかわかりません。とりあえず亜熱帯。なぜかホーチミン。

Photo_2 調査の方は、数日前にクリーアップキャンペーンと称して、町中でボウフラの発生する容器を取り除いたり、水をきれいにしたそうで、思ったほど取れていません。

 写真は調査した家のおじいちゃんと隣近所の子供。おじいちゃんはいい顔しています。この子は昨日の調査中、ずっと私の後を付いて来ました。犬みたいだな、と思ったりしたのですが、こうして写真で見るとつぶらな瞳をしています。

 私の実家の周りは年寄りだらけで、あまり学童はいないのですが、学校が維持できるぎりぎり程度にはいます。皆、知らないおじさんの私にも挨拶しますし、私がガキだった頃に比べるとはるかに礼儀正しいです。Photo_3

 私の故郷でさえそれなりに洗練されてきたのですが、いじめはなくなっていません。自分には子供がいないので本当のところはわかりませんが、日本の子供が少し陰湿になったと思うのは気のせいですか。

 カメラを向けたらいっちょ前に照れています。

 今、この瞬間、私は土門拳。





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2012年12月 4日 (火)

食事を抜いて蚊の調査

Photo_2 昨晩、パスツール研のTさんに夕食を誘われて、どうしようか迷ったのですが、日曜日に断っていたので、一緒に食べに行きました。彼女が連れて行ってくれたのが、タイ料理店。なるべく、胃腸に刺激のないりょうりにしたつもりでしたが、やっぱり朝方腹を下しました。

 相変わらず体もだるかったのですが、初日は現場となるPMCや保健所のお偉いさんと会わなければなりませんし、オビトラップという蚊の卵を採集する装置の使い方を知らないというので、我慢して集合場所へ行きました。

 途中で朝食をとったのですが、私は温かいお茶ですませました。ちなみに昼食も抜きました。私の場合、下痢の時は胃袋を一旦からっぽにするに限ります。

 写真はホーチミン市から車で1時間ほどの現場です。ローカルな場所ですが、デング熱の流行地です。仕事の方は蚊の幼虫の数が思ったより少なかったので、4日間の間に全部別の場所を回るのでなく、2か所に絞ることにしました。

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ホーチミンで体調を崩す

 日曜日はコンタクトラグビーの練習後、ハノイからサイゴンに引っ越ししたWさんの家でパーティーがありました。もともとコンタクトは欠席の予定でしたが、前日のタッチの際にすりむいた傷が化膿して、体もなんだかだるかったので、ホテルで一日ごろごろしていました。

 夕方、今度はラグビーでなくサッカーでハノイからサイゴンに引っ越した知人と日本食レストランで夕食を一緒にとりました。二次会のお誘いがあったのですが、脚の膿みと体がだるいので断りました。

 月曜日はさらに体がだるく、おまけに下痢になりました。契約文書のやり取りやお金の受け渡しなど最低限必要なことだけ済ませて、ホテルに戻って休みました。

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サイゴンでのタッチ大会

Photo 土曜日は朝早起きしてサイゴン行きの飛行機に乗りました。12時からタッチラグビーの大会がホーチミン市でありました。ぎりぎり間に合うかという予定でしたが、8時半発が30分遅れで出発して、空港から会場までの道のりが混雑していた上に、会場の近くまで来てタクシーのおじさんが道がわからなくて焦りました。12時10分過ぎに到着して、慌てて着替えてグラウンドへ。

 青空と緑の芝生。きれいな空気。曇り空で空気の悪いハノイとは違います。サイゴンはバンコクに近い感じがします。

 予選試合では4試合行って、1勝1分け2敗でした。一番最初の試合を落としたのは痛かったです。うちはAグループの3位で、Bグループの3位はサイゴンジャパンでしたので、日本人チーム同士でもう一度試合をやりました。練習の成果もあって、どうにか勝ちました。

 試合の後はそのまま懇親会へ。さらに二次会に突入し、ホテルにチェックインしたのは12時半でした。

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