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2014年4月 3日 (木)

まただめだった科研と自分の研究哲学

 4月は若者にとっては入学、新社会人の季節です。若者と言われる時期を過ぎると4月は新しい職場でのスタートになることも何度かあるのでしょうが、とりあえず新年度の始まりです。

 そして大学や研究所で働く研究者にとっては、半年前に提出した科研の審査結果が発表される時です。私も7年前に長崎大に就職した時から毎年出しているのですが、毎年ダメ。自分でも今回はいけるかと思ったり、経験のある人に見てもらって、おもしろいし、大丈夫じゃない、と言われて、自信を持って臨んでもやっぱり駄目だった、という繰り返しです。
 そして今年もダメでした。誰が評価しているのかは知りませんが、それなりの有識者から、やっぱり、お前の研究はつまらねえ、先がねえよ、と言われたような気がするので、落ち込みます。なんか恒例になっているのですが、仕事の後NIHEの構内を走って、その後酒を飲みました。
 正直、もう年だし、研究はほどほどにして、講義や学生の指導に自分の生きがいを見つけようかと数年前から思ったりもしたのですが、最近やっぱり考えを変えました。そんな後ろ向きの教員の研究を誰も面白いとは思わないのではないか、馬鹿と思われても、俺はこれがおもしれえと思うんだ、と言いきれないと、誰もおもしれえと思ってくれないのではないか、と改めて考えるようになりました。役に立つとか、金になるとか、その人によって価値観や表現は違うと思いますが、根源では同じかもしれません。
 いずれにせよ、後進のためと思う気持ちがあるのなら、研究の世界では引退するのではなくて、私のような人間はやっぱり自分が先頭に立って走るつもりでないとだめなのではないかと思っています。

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