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2020年3月

2020年3月28日 (土)

12年間のベトナム生活の最後

 帰国直前なのに愛用のMacにコーヒーをこぼしてしまいました。急いで対処したのですが、立ち上がらなくなってしまったので、すぐに以前修理してもらったMac専門の店へ持ち込んでみました。あれっ、遅いなあと思ったら、直すべき箇所がほかにもあるので時間と金がもっとかかると言われたので、明後日、日本に帰らなければならないから無理だと断って引き取りました。今は、DVD観賞用と万が一のバックアップ用に使っているWindowsを使っています。

 私の帰国は二転三転して、まず長崎に行かずに自宅待機せよ、という指令が大学側から出て、次に公共交通機関を使わずに帰れという指令が出たので事務にホテルとレンタカーを手配してもらいました。しかし、関東地方は今日から急激に冷え込んで、明日は雪になるかもしれないそうです。不安やなあ。首都高は通行禁止になるかもしれないので、もしかして下道かなあ。

 昨日は気象観測装置を撤去して、仕事関連の器具などを2階の長崎オフィスに運んでおきました。長崎のボスはそのままにせよ、という指令でしたが、サンプル以外は移動しておきました。サンプルは、いつ、誰が私の後任としてくるのか全くわからないので、エントのP部長に頼んでおきました。

 部屋に残しておいた、捨ていいものをほとんど捨てて、バイクやテレビを録画できる機械は業者に引き取りに来てもらいました。これでだいたい後片付けは終わり。油や塩は結構使い切らずに残ってしまったので大家さんに処分をお願いしました。

 最後に大家さんと別れて、ノイバイタクシーで空港へ。最後なので本当はNIHEのドライバーさんに送ってほしかったのですが、今はコロナウイルスのサンプリングで忙しいため、無理でした。昨日、一昨日は守衛さんたちとも飲んだので、もう思い残すことはないかもしれません。

 

 

 

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2020年3月27日 (金)

戒厳令まじか

 コロナウイルスの拡大で、土曜日の便で帰れたとしても14日間自宅軟禁になることになり、とりあえず長崎へは行かないことになりました。でも、公共交通機関を使わずに帰りなさいということになり、それは無理でしょうが、と思っています。レンタカーは皆取りまくっていて、土曜日に到着してからはもうないです。翌日はありますが、今予約してある蒲田のホテルに一泊するのに公共交通機関を使わないと無理なので、だったらそのまましれっと群馬に帰るしかないかもしれません。公共交通機関を使わずに帰れというのは要請なので、まさか機動隊と自衛隊が空港の改札ゲートで待っているような非常事態にはなっていないことを期待します。

 本当にやるのであれば、全世界が同時に2,3週間人の移動を停止するようにしないと無理でしょう。

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2020年3月25日 (水)

刻々と迫ってきた帰国

 先週の土曜日に長崎大と関係する機関の方々との送別会を開いていただきました。日曜日はタッチラグビーをやり、その後リパブリックで送別会をしてもらいました。ありがとうございます。

 両方の会で御礼の言葉を言った時に、日本にいたら絶対に出会えない人たちと出会えたことが本当によかったと思っていると述べたのですが、それはベトナム滞在中にずっと実感してきたことでした。

 今日は引っ越しでした。刻々とタイムリミットが近づいているのを感じながら、日々やれることを朴訥にやる。父の葬儀の時と同じで何もしないとぼーとして、時には泣くだけになりそうなので、忙しいのに越したことはない。

 結果はどうであれ、日本に帰りたいと思っていたので、帰るに越したことはない。

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2020年3月19日 (木)

日増しに別れの寂しさが募る

 今日の昼は4月から東大の修士課程に進学するフレラボのアシスタントと私のための送別会でした。新型コロナウイルスのためにどこの日本食屋もベトナム料理店も休みで、4 pieceというイタリア料理店で開いてもらいました。こういう場所でのスピーチは苦手です。特に英語だと言葉が出てきません。アシスタントの方がよく話せていました。

 合気道の送別会は先週で終わりです。拍子抜けしましたが、ベトナム人は今はみな外出を控えているようです。

 ジムも20日で終わりです。声をかける友達が最近増えてきたのに、残念です。去る時というのはこんなものかなあ。

 だんだんベトナムを去る寂しさが募ってきました。

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2020年3月15日 (日)

帰国準備に荷物の追加

 カントー大学の後、公募をいくつか見つけたのですが、若手限定とか募集期間がとても短くて内定者のアリバイ作りとしか思えないようなものでした。腹を括って群馬で論文書きに集中しようと考えていたら、准教授のKさんからアフリカでのマラリア媒介蚊の調査を手伝わないかと誘われたので、参加することになりました。

 タッチラグビーに加えて合気道関係者にも帰国の連絡をしたところ、昨日送別会を開いてくれました。聞くと、コロナウイルス騒動で皆、会社が終わったらまっすぐ家に帰ってじっとしていたそうです。お酒を飲むのはテト以来だという人もいました。しかしこんな状況下でも集まってもらえるのはありがたいことです。

 徐々に帰国の準備をしていると長崎のボスから気象観測装置も持って帰れという指令がありました。マニュアルを一から見直して昨日どうにか直したのですが、それでも持って帰れという指令です。来週、対策を考えます。

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