旅行・地域

2009年9月18日 (金)

ベトナム人のハンカチと二十年後の民度

 日本では新型インフルエンザでの死亡が何人か大変そうです。今回のフォーラムでも圧倒的にインフルエンザ関連の発表が多かったです。ただし、最先端の発表なので私にはさっぱりわかりませんでした。今日の午前中はホテルの部屋で論文書きをしていました。

 ベトナムにも新型インフルエンザは入ってきているようですが、なぜもっと感染が広まらないのか不思議です。日本人から見たら衛生という概念が欠如していますから。

 オフィスやトイレの洗面台に多少気のきいたところですとタオルがぶら下がっています。そしてタオルが汚れたら新しいタオルを隣に掛けています。日本人の感覚ですとタオルの共有はウイルスの感染につながるので、衛生的でないと考えるのが常識ですが、ベトナムではまだそのような考え方は定着していません。

 ベトナムの女性はハンカチとかタオルを持ち歩きません。日本に帰った時にハノイとホーチミンのエントの人たちにハンカチをお土産に買っていったのですが、辞書でハンカチという単語を指して、これは何をするために使うのですか、と後で尋ねられました。外で手を洗って拭いたことないんだ、とわかると、こりゃ説明しようがないなと思い、とりあえず、涙を拭くときに使います、と答えておきました。

 フォーラムが終わり、ベトナム人の人たちと長崎から来た教官も含めた日本人スタッフと一緒に夕飯を食べました。庶民的なタイ料理店でしたが、そんなに騒がしくなく(一気とかやっていない)、店もきれいでした(床に残飯やごみを捨てる客がいない)。帰りに電車に乗ったのですが、切符の販売機が故障していたのが直ったとたん、自然と一列に行列ができたのには感心しました。まずベトナムでは我先に切符を買おうとするでしょう。

 ハノイは二十年後にはバンコクのようになるとあるベトナム人が言っていましたが、民度もそれと並行して上がっているのかとふと思いました。

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2009年9月16日 (水)

バンコクでのジョイントフォーラム初日

 日本の大学の海外拠点の集まりでバンコクに来ています。いやー、ハノイとは違います。空港からホテルまでタクシーだったのですが、高速道路は羽田から千葉に向かう湾岸線を思い出すほど、道が広くてきれいでした。市内の道路もきれいで、広いし、何よりも人がどこからでも道路を横断することがないので、タクシーに乗っていても快適です。市内を走る電車もきれいで、5分おきくらいに来ますし、何より乗客がキチンとホームに並んで待っていたのが印象的でした。ベトナムではありえません。

 昼過ぎにホテルに到着したので、中心街に買い物に行きました。デパートも日本にいるのかと思うくらい、品ぞろえがありました。値段はチェックしませんでしたが、唯一紀伊国屋で買った本が日本の定価の二倍くらいでした。Y教授は二倍でも手に入るだけまし、と言っていましたが、確かにその通りです。

 夜の7時からレセプションがありました。料理が少しと飲み物だけだったので、終わった後で幾人かで屋台に行って、卵焼きをのせた焼きそばみたいなのを食べました。それからその店の名物のオレンジジュースを頼みました。どちらもうまかったです。

 いやー、いいですね。バンコク。

 ところで、今朝は6時15分に私のアパートでベトナム人のTさんとKちゃんと待ち合わせをしたのですが、目が覚めたのが6時20分で、やベー、と思った瞬間、Tさんからの電話が鳴りました。空港までの車中でずっと文句を言われました。

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2009年7月23日 (木)

房総の知人とダニの展示企画

 日曜日には千葉中央博のOさんと会いました。彼は哺乳類屋さんで、房総でマダニの調査をしていたときにかなりお世話になりました。私が衛研を辞める一年くらい前から共同研究が始まったので、そろそろ10年来の付き合いになります。

 彼は若い頃にカモシカの本を出しています。前に話を聞いたときには、研究職を探すのをあきらめて県の職員になったけれど、やっぱり仕事が面白くなくて、鬱屈した気分を晴らすために本を書いたそうです。他にも2冊の啓蒙書を単著で書かれていますし、昨年度まで毎年房総のシカ調査会の報告書をまとめていました。私は彼との共同研究の仕事でまだまとめていないのがいくつもあるので、彼に会うたび尻をたたかれる気分になります。

 Oさんからはできたら3,4年のうちにダニの展示を企画したいと話を持ちかけられました。ダニは、一般の人は気持ち悪いとか言いながら、興味を持ちそうな材料だと、彼は言い切っていました。

 前にも誘われたことがあったのですが、私は当時千葉大の研究生でとてもそこまで手が回りませんでした。今回はできるだけ協力したいです。

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2009年4月29日 (水)

バンメトート3日目

 昨日の晩は一匹もコウモリは取れませんでした。結局、3日間で取れたコウモリは8匹でした。何もする作業がなくて、夜8時45分のフライトまで時間をつぶすのが大変でした。午前中は市内の少数民族の住む地域に行って来ました。ここでは家はどこも木造、高床式でした。ここでストローで飲む、前回つぶされた地酒をまた飲まされました。今回は味わえる余裕があったのですが、韓国のマッコリみたいな味でした。薄まってしまうのではないかなあと思いましたが、飲んでは水を継ぎ足すのを繰り返しました。

 お昼はなぜか哺乳類学者の集会の懇親会に我々も参加して、食事を取りました。いろんな人が入れ替わり立ち代りお酒を注ぎに来て、乾杯を繰り返しました。グラスに大きめの氷を入れておいて一気の時のビールの量を減らすすべを知らなかったら、体がもたなかったでしょう。

 午後は一昨日とは別の滝に連れて行ってもらいました。TYさんが一足早くホーチミンへ発つので、彼女を空港まで送ってから、我々は夕食を食べに市内まで引き返しました。海鮮料理を食べたのですが、食事を始めるとTIHEのエントとウイルスの室長も加わって、またにぎやかな飲み会となりました。エントの室長はスポーツや飲みの友達が多くて、彼の知り合いが次々に来ては乾杯をしていきました。ここでも「大きめ氷作戦」で何とかしのぎました。

 収穫はあまりなく、疲れた旅でした。

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2009年4月24日 (金)

バンメトート二日目

Rimg0021_2 昨日は一匹しかコウモリが取れなくて、結局保険所の屋根裏で取った五匹のコウモリと合わせて六匹と(可哀想でしたが母親についていた子供を合わせて)合計七匹から外部寄生虫(ほぼ全部ダニ)を取りました。さすがに、せっかくお金を出して来たのにこれしか取れないのはまずいということになり、今日は我々も現場(コーヒーと胡椒を栽培している畑)に行ってみました。左はコーヒー園、右は胡椒園です(つってもわかりませんね、この写真では)。胡椒はツル性植物で、板か丸太を立てておいて、そこの周りに胡椒の種をまいて、巻きつかせます。だいたい3メートルくらいにしておいて収穫します。コウモリは胡椒を食べるわけでなくて、近くに植えてあるロンガンを食べに来るそうです。ベトナムというと、子供の頃からジャングルを思い浮かべていたのですが、正面に見える山にはどう見ても高い木は生えていませんでした。ほんとにこれで新種のシカとかいるんかと、思います(もう食っちゃっていないのかも)。

 今夜もあまり仕事の方は期待そうにできませんでしたが、例によって、夕食を食べに行って、こちらの若手のQ君と彼のお父さんが作った地酒を飲んで(ひと口飲んで頭が痛くなって、二口目から麻痺しました)、 はい、例によって飲み会になりました。苦しかった、でも、ハノイから来た我々以外は皆、コウモリを取りにまた現場に戻っていきました。

 で、部屋で寝ていたら携帯が鳴って、地下にあるクラブ(こちらでは今でもディスコで通じてます)に呼び出されて、結構飲み過ぎて(言い訳みたいですが)行きたくなかったのだけど、いっちまったらこっちのもので、正午まで飲んで踊りました。

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2008年11月12日 (水)

現地を歩いて感じる、家族について

Rimg0001_2  バッチャンのある陶芸の工房で花瓶の下絵を描いている女性。ここの家のお嫁さんでしょうか、すらすらと葉の模様を描いていました。ただの土の器が彼女のひと筆一筆で命を吹き込まれていきます。そして彼女自身も命を宿しています。薄暗い工房でしたが、彼女のいる場所にだけ光が当たっていて、とても神々しい感じがしました。

 蚊の調査でいろいろな家々を回りますが、たいていの家は大家族です。おじいおばあがいて、倅夫婦がいて、孫もいます。日本の実家に帰ると、まわりは皆老人ばかりで、子供が見あたりません。日本と違ってベトナムは物資が不足がちですが、それでもみんな明るく、淋しさを感じさせません。この頃現地を回っていると、家族について考えさせられます。

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2008年9月 7日 (日)

バス、バチャン

 ハノイ近郊は昼間ずっと雨でした。昨晩、秘書のTRさんにバチャンへの行き方を教えてもらったので、そのとおりに研究所の裏のバス乗り場から最初にLong Bien行きのバスに乗り、次にバチャン行きのバスに乗り換えました。ベトナムでバスに乗るのは初めてでしたが、一路線だったらどこでも三千ドン(20円くらい)で、しかもLong Bienからバチャンまで40分近くかかるのですがそれでも三千ドンでした。それから、乗り降りがすごかったです。バスが停止せず、スピードをゆるめながら乗り降りするので、降りるときは特にビビりました。水たまりにボシャンしている人もいましたし。これだけ安いのだからこの程度サービスというかマナーは我慢しますが、それにしてもお年寄りや障害者はどうするんでしょうか。

 雨の中、2時間近く町の中を歩き回り、ポイントをGPSに落としました。陶器を作るのに使う土のせいで白や黒に濁った水たまりが裏道のあちこちに出来ていましたが、お構いなしにじゃぶじゃぶと渡りました。傷口とかあったら病気になりそうでした。来週、エントのDさんともう一度来る予定ですが、どのあたりで調査をするか街を歩きながら確認したいと思います。

R0010846   雨で人通りもまばらなバチャンの町。

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2008年8月28日 (木)

ブンタウの海

 昨日から今日にかけてブンタウという海辺のリゾート地に行ってきました。TRさん達がここで県と郡の衛生関係の人たちにデング熱媒介蚊についての講習会を行うため、パスツール研のスタッフが一人もいなくなるので、一緒についてこないかと誘われたので、多少蚊の同定は終わるんかな、と後ろ髪をひかれつつ、昨日の朝5時にホーチミンを出発しました。

R0010818_2 7時半にはホテルに着いたので、少し休んでから9時過ぎにビーチに向かいました。室長のLさんの発表がロビーに降りる途中で聞こえたのですが、なにせベトナム語でさっぱりわからなかったので、 そそくさとビーチへ。ホテルからビーチまで5分くらいで、観光客もあまりいないので、のんびり午前中いっぱい泳いで日光浴をして、このぶん土日に働かなくては、と言い訳をしつつ今年最後の夏を満喫しました。夕方にはTRさんに誘われて、清里にありそうなこっぱずかしい二人乗りの自転車に乗って、海岸線を走り、キリストの像に行きました。

R0010819_3 残念ながら時間が遅かったのでキリスト像に登ることはできなかったのですが、山頂からの眺めは最高でした。少し休んだ後で、市街地までまた自転車をこいでいきました。夕飯は、TRさんが県や郡の人たちから無理やり酒を飲まされるので(実際、翌日の昼に飲まされていました)、道に迷ったことにして(実際に迷いました)、ホテルにすぐに戻らず、海鮮ものを出す食堂に入りました。山盛りの貝とワタリガニとオクラを食べて、結構腹いっぱいになりました。

 翌朝は早めに起きて、試合に備えて波打ち際を30分くらい走りました。朝食の後、今度はホテルのプールで1時間ほど泳いで、今年の泳ぎ収めにしました。

 去年こそ長崎の海でしたが、毎年、夏には房総の海で泳ぐのが習慣になっていて、今年は海で泳げるとは思っていませんでした。結局、パス研のスタッフは皆出払っていたわけではないのを後で知ったのですが、おかげでいい骨休みとなりました。

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2008年7月29日 (火)

一気に沈没

 昨晩遅くにフィールドからハノイに戻ったのですが、この土、日はきつかったです。

 土曜日はコウモリが60匹近くとれて、午前中いっぱいHBさんに手伝ってもらいながらなんとか寄生虫を取り終えました。果実食のコウモリにはほとんど寄生虫がいないのですが、昆虫食のコウモリにはシラミバエをはじめ、マダニ、おそらく中気門か前気門と思われるダニがたくさんついていました。宿主の社会性や食性と寄生者との関係を調べるのに面白いかも、と考えています。

R0010663 今回、コウモリの共同調査をした研究所。こちらにはこういう屋根型の建物が目立ちました。最上階は博物館になっているそうです。この建物の向かいは警察署になっていて、撮影禁止区域とベトナム語で書かれていたそうです。一応勉強したけれど、読めなかったからいいか。こちらの所長さんはダニや飲みノミなどの外部寄生虫が専門で、私とかなりかぶります。帰る際に、ご自身が書かれた、ベトナムの寄生性節足動物の本を私と長崎大のT教授に謹呈していただきました。ありがとうございました。

 仕事の方は順調だったのですが、オフの方がしんどかったです。土曜日はダライサップ滝という観光地がコウモリを捕獲するフィールドでした。コウモリの捕獲は夜なので、早めに夕食を取り、というか飲み始めました。しかもウォッカを一気飲みで。お客さんが来たら、入れ替わり立ち替わり一気をするのがこちらの習慣らしいです。ベトナムの中部地域は少数民族がいて、今日はその人たちの民族舞踏を(最初だけ)見られました。受け入れ先の所長さんが、「チュノダア」と手招きするので、キャンプファイヤーの如く炎の燃えている前に置かれた酒樽からストローで蒸留酒を飲んで(たぶん)へろへろで席に戻ってからは断片的な記憶しかありません。TcさんとCoちゃんに介抱されてホテルに戻り、部屋のトイレで胃を空にしました。よく帰りの車の中で大丈夫だったなあ。

R0010703 カスミ網にかかったコウモリを捕獲しているところ。現地スタッフの皆さんは一気をしてからもちゃんとコウモリの捕獲作業をしていました(今回一緒に行った、フレラボに来ているベトナム人学生アシスタントのCoちゃんが撮っていた写真を見てわかりました)。まあ、捕獲したあとが私の仕事なのだからいいのですが。

 次の日は午前中どうにかコウモリのチェックをしました。果実食のコウモリばかりだったので作業は楽でした。11時から研究所のスタッフの人たちにブオンドン村という観光地に連れて行ってもらいました。ここには少数民族の人たちが住んでいて、変な木彫りの像があったり、象に乗ったり、いくつものつり橋を渡ったりと、観光としては面白かったのですが、やはり昼食はきつかったっす。お酒はビールだったのですが、また一気でした。しかも、メニューに出た鶏の丸焼きの頭の部分にお椀をかぶせてそれを回して、お椀を取った時に鶏のくちばしが指していた方角の人が一気をしなければならない、という体調の悪い私には地獄のような仕打ちがありました。それから、食後のデザートにドリアンが出されたのですが、今回私は初めて食べました。好きな人も大勢いるらしいですが、最後に空港に向かう帰りの車の中に匂いが残っていて、胸やけがしてまた吐きそうになりました。

 夕方は、こちらの現地スタッフの女性の結婚式にHBさんが呼ばれたので私たちも付いていきました。こちらの結婚式は派手で、五百人はいたでしょうか。また、研究所の方たちと同じテーブルに座り、一気。さすがに、すでにへろへろでしたが、一緒に一気してくださいと頼まれた女性とは一気をしました。おバカです。6時から式は始まり、9時の飛行機に間に合うのかと思いきや、7時半には早々とお開きになりました。でも、私はすでに沈没。あとで、あの時顔がどす黒かったよ、とHBさんに言われました。

 

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2008年7月25日 (金)

ブンマトゥー初日

 夕方5時にNIHEを出発してノイバイ空港から飛行機でブンマトゥーにやって来ました。いつもごちゃごちゃした、混乱の極みのようなハノイの市街地にいるせいか、空港からホテルまでの間に車の窓から見た町の景色は道も歩道も広くて、そのうえ車も少なくて、全体がゆったりとしている感じがしました。いい環境だったらジョギングしようと思って、その用意をしてきたので、明日は少し走ってみようかな。

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2008年6月12日 (木)

荷物検査と不便なホーチミンの空港

 朝5時35分の高速バスに乗るためか、それとも中途半端な酔いのせいか、昨夜はなかなか寝付けず、二時間おきに目を覚ましてしまい、結局4時半に起きました。かなり余裕をもってゲストハウスをあとにしたつもりでしたが、荷物が重くてどうしようもなくて普段なら10分ほどの松山バス停までの道のりをいつもの倍の時間をかけて汗をかきかき歩きました。

 時間どおりに福岡空港に着くまでは良かったのですが、今回時間がなくて同定できなかったマダニの液浸標本をベトナムに持ち帰ろうとしたところ、預ける荷物の検査で引っかかってしまいました。ダニの標本は70%アルコールに浸けてありましたが、アルコールなら60%までしか持ち込めないと言われ、泣く泣く宅急便で熱研に送り返しました。今度帰ってきたときにはマダニを同定する時間をつくらないと。

 今回は中華航空で台北、ホーチミン経由でハノイに戻りました。ホーチミンの空港はきれいになったとKさんから聞いていたのですが、なるほど国際線の建物は立派になりました。ただ、国際線から国内線に乗り換えるのに、歩いていくか、タクシーに乗らなければどうにかならないのと思いました。今時、新しい空港ならモノレールかせめて無料バスでつないでほしいです。国内線と国際線のターミナルが1kmくらい離れているので、雨の中荷物を持って歩くには遠いし、タクシーだと初乗り運賃プラス駐車料プラス入場料みたいなのをそのまま請求されました。こういう不便さにつくづくベトナムに戻ってきたことを実感させられました。

 でも、よく考えたら成田と羽田の道のりはこんなものではなかったですね。多少成田から国内線が発着しているにせよ、福岡などに比べたらかなり不便です。

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2008年6月10日 (火)

リサーチの打ち上げと買い物

 昨晩は、リサーチの学生たちとポスドクのT君の6人で飲みました。リサーチ発表会の打ち上げの意味もあったのですが、ともかくひさびさに会えてよかったです。私が4月からベトナムになったので、私の代わりにT君に発表練習やスライドの修正をしてもらいました。理由はともかく、やっぱり最後まで面倒みてやれなかったのは心残りでした。

 今朝はピロリ菌除去の結果判定をしてもらいに長大病院に行ってきました。検査自体はすぐに終わりましたが、判定は3時くらいにわかります。除去できているといいのですが(→きれいに除去できていました)。

 ハノイのHさんからペッパーミルとおいしいそうめんを買ってくるように指令がありました。本や必要なものはだいたい買い揃えましたが、まだ若干買っていないものもあります。今日中に買っておかないと。

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2008年2月 7日 (木)

北大の雪と霧

 リサーチに来ている学生たちと話していると、自分の学生時代を思い出します(はあ、おじさんだ)。やたら腹が減るのと、お金がないのに飲みに行くのは今も昔の学生も同じです。男女の隔たりなく、ちゃんづけで呼び合っているのもおんなじです(つんちゃんとか)。

 今頃札幌の街は白一色でしょう。一浪の時に北大を受験した際に雪に演出されたキャンパスの美しさと静寂に惚れて、俺はここで青春時代を過ごしたい、と本気で思いました。好きになったからもう一年必死でがんばれたと思います。北海道の雪はそれくらい美しい。まだ訪れたことのない人には冬の北大キャンパスをお勧めします。

 それから初夏の夜明け前。この時期に3時くらいまで飲んでいるとだんだんあたりが白んできます。帰り道、大学構内を抜けていくとエルムの木々が霧にかすんでとても幻想的です。あー、今日も馬鹿やっちまったなあ、とかぼやきながら、下宿に戻って布団にもぐりこみました。

 先生や下宿の大家さんをはじめたくさんの人たちにかわいがっていただき、友人にも恵まれ、学生時代は最高でした。失敗も多々ありましたが、それについては後ほど。

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2008年1月 4日 (金)

下北のカモシカ調査と帰省

 12月23日から1週間、青森県は下北半島でカモシカの調査に参加してから、そのまま群馬に帰省して正月を迎え、本日長崎に戻りました。

 下北での調査はきついときもありましたが、今振り返ると楽しい思い出です。カモシカを20mくらいの距離で5分以上、しかも2回見ることができました。ラッキーです。それから冬期にもかかわらず人に食いついたカモシカマダニを採集することができました。これはどこかの雑誌に一例報告として発表しておきたいと考えています。あとはなんといっても新しい知人、友人を得ることができたのがなによりでした。

 群馬の実家では大晦日に二階の客間と廊下、トイレの掃除をしました。実家には私の両親と伯母の年寄り3人で生活しています。伯母はボケが始まり、母は最近坐骨神経痛になっているので、家事はあまり行き届いていません。父もかなり家事を手伝っているようですが。ともかく、今は伯母の介護のことで大変です。2日に兄弟が集まったので伯母の介護のことなどをいろいろと話し合ったのですが、難しい問題です。精神的にかなり疲れます。

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