日記・コラム・つぶやき

2017年12月 2日 (土)

54歳の誕生日

 朝、蚊に砂糖水をやって、ネットのチェックとメールの返信をして、お昼はフレラボの皆さんをお昼に誘いました。事前に秘書のTさんに「おいしー鍋の店を予約しておいて下さい。」と頼んでおいたら、チュウビエットブオンに開店したばかりのベトナム料理店に行くことになりました。

 確かに鍋は美味しかったし、12人で175マンドンは安いとおもましたーなしby ふなっしー。
 で、二次会はタッチラグビーの作戦会議に便乗したわけですが、何も作戦はなかった〜なしー。
 皆さま、ありがとうございました。

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2015年4月 3日 (金)

役者と研究者の共通点

 役者さん、いわゆる俳優には、10代や20代前半から主役を張るような人達がいます。まあ、青春ドラマとなれば、20代の同世代の中で誰かが主役を張って、それ以外の人は脇役です。

 そうかと思えば、若い時には売れなくて40,50歳を過ぎてから人としての味が出てきて、脇役として欠かせなくなるような人もいます。そういう個性的で、自分好みの俳優は誰でも一人や二人はいるのではないでしょうか。
 研究者も同じではないかな、と思います。すごく若い時、たとえば博士課程の時とか、体力知力気力がみなぎっていた時にノーベル賞級の大発見をする人がいます。進化学の分野でいったらHamiltonとか。若い時にその分野での難問を解決したスターです。
 昔、ピラニア軍団という、悪役、殺され役の俳優さん達が脚光を浴びたことがありました。たとえば、川谷拓三は軍団の看板でしたし、漫画の「がんばれ元気」で、一度も勝ったことのないボクサーのモチーフになっていたりしました。
 自分はもうスターになるような年ではありません。人間味のある、世の中の酸いも甘いも味わった、渋い役者であるように、これから自分の持ち味を出した研究者になれたらいい、と思うようになっています。
 

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2012年7月11日 (水)

マイクロインジェクション?マイケルジャクソン!

 今月から再び前の秘書のTさんが産休を終えてフレラボに戻っています。今日、たまたま彼女が私の手のしみに気がついて、どうしたんだ、と尋ねたので、レーザーで焼いたんだ、と説明しました。そのうちに実験を終えたアシスタントで、もう一人のTさんが話に加わりました。

 彼女の切り出した話を聞いていたのですが、「皮膚を切り取って、黒かったのが真っ白になった。。。マイクロインジェクション。。。」、ということでした。微小電極みたいなのでどうやって皮膚を削ぐのだろう、と思って聞き返すと、秘書のTさんから「シンガー」という答えが返ってきました。

 あー、マイクロジャクソンね。

 今度新しい事務の人が長崎から来たのですが、彼はTOFFLの成績が900点だったそうです。

 すごい。

 でも、ベトナム人の英語はわかりづらいんだよね。だから、欧米人とか英語のできるベトナム人には英語が伝わっても、それ以外の人にはなかなか伝わらないんだよね、と偉そうに言ったばかりでした。

 単に俺の耳が悪かったってことか。

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2012年3月28日 (水)

初めてのコラム

 ベトナムの邦人向けの週刊Vetterという情報誌に衛生害虫についてのコラムを2月から毎週連載しました。先週で最後の8回目が終わりました。

 蚊、ダニ、カメムシ、アリを2回ずつ連載したのですが、アリはあまり書くことがなくて苦労しました。病気を媒介したり、刺されて痛むということがあまりありませんから。もっぱらベトナムの家の中に入り込んでくるヒメイエアリについて書いて、それでは枚数が足りなかったので、あとは同じ深い害虫ということでチョウバエを、同じ膜翅目ということでハチについて書きました。

 一般の人向けにものを書くというのは、それなりに大変な作業ですが、やりがいはありました。サッカーの仲間からは、わかりやすいとか、おもしろいとか、割と好評でした。今日はWHOのTさんが、初めて読んだけど面白かったと、わざわざ言いに来てくれました。

 千葉衛研にいた時に、古生物の専門書を書いたり、恐竜の読み物を書いたりする有名な人がいたのですが、彼がよく私に一般向けの読み物も書くように言っていました。お金ももちろん大事だけど、一般の人に自分の研究したことや学んだことを還元するのも研究者の仕事だと。

 長崎大に就職した年にようやく農業関係者向けの雑誌に執筆したのですが、それっきり4年間啓蒙的な文章は書いていませんでした。昨年末にたまたま紀伊で相席した人が編集者で、Y教授が私を売り込んでくれたため、そのまま話が進み、年明けには初稿を渡していました。

 もっとものを書く時間を増やして、自分の書いた印刷物を増やしたいですね。

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2011年3月 3日 (木)

ガンダム好きの外国人と就活で疲れ切った大学生

 私のお気に入りのブログで、”旅行者として日本に来て、日本がものすごく好きになって、日本で仕事をしたのだけれど、結局、日本が嫌になる人たちや帰国してしまう人達が多いそうです。”、という文章を読みました。個人的にはがっかりしました。その方もおっしゃるように旅行者と滞在者は違いますから、当たり前といえば当たり前です。私だって、ベトナムに住む前はベトナムが好きでしたが、今はベトナムに対してネガティブなことばかり言っています。恋愛のように、月日がたつにつれてだんだん悪いところが目立ってくるのかもしれませんし、日本に戻ったらベトナムの悪く思った部分も懐かしくなるのかもしれません。

 私は外国人の友達(もちろんベトナム人も含みます)から「日本が好きです。」と言われれば、単純にうれしいです。今、とあるラテン系の国から来た長崎大の留学生がベトナム拠点(=フレラボ)に研修に来ています。彼は日本のアニメと漫画が大好きで、日本語もペラペラです。日本人のダジャレとかもよく理解しています。ガンダムを語りだしたら、ものすごく熱くなります。不幸にも、私は巨人の星からアニメに入り、宇宙戦艦ヤマトで卒業したので、ガンダムにはついていけません。

 私のまわりで日本にいる外国人の人達は皆感覚が日本的だなあと感じているのですが、もしかしたら、彼らは私たちに合わせてくれているのかもしれません。でも、それって、とても日本的な気がします。

 中国をはじめとしてアジアのお金持ちをターゲットにした医療ビジネスがいま日本で注目されています。ベトナムで生活している自分から見たら、そりゃ、日本の医療+サービスは最高レベルです。一方で、インドネシアから日本に来た看護学生たちに日本語の国家試験を受験させるのはずれている気がします。

 就職活動で疲れ切った学生が、死にたくなって、地元に帰るバスの運転手さんからハンドルを奪おうとしてバスを横転させた記事を読むと、ほら、日本人でさえ就職難なのにどうして外国人を雇う必要があるんだ、という意見にも一理ある気はしないでもありません。

 でも、大学三年生の時から、就活、就活の毎日というのは変ですよ。遊びたい、勉強もしたい(自分の経験では遊びが先でしたが)、そんな気持ちを抑えて就職しなければならないというのでは、人生持ちません。この学生だって遊びたいのを我慢して国立大学へ入学したはずですから。

 日本でだめなら外国へ行けばいい。最低限、英語ができなければ海外ではダメという意見に対して、英語がダメな私には強固な意見は言えないのですが、それでも20代の若者であれば、行った先でお兄ちゃん、お姉ちゃんに恋をしたり、ある意味ガンダムやサザエさんを好きになったら、その国の言葉を覚えますとは言いたいです。ネット社会といいながら、若い人がそういう選択肢に目を向けていないような気がして、私は歯がゆい気分になります。

 日本の若い人には狭いところばかり見ていないで、ブラジルでコーヒー園を営むまではいかなくても、もっと海外に出ていってほしいと思います。

 

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2011年2月24日 (木)

鶴さんの思い出

 かなり前の話になってしまったのですが、正月に実家に帰った時に当時私が衛研にいた時の細菌室の室長さんが亡くなったことを知りました。親分肌の人で、仕事のことよりも職場の行事とか野球とか飲み会でいろいろお世話になった方でした。奥様を10年以上前に失くされて、ご本人もガンを告知されて退職前に県職を辞められました。最初の手術はうまくいったそうですが。

 「俺のかかあはブスだけど、Mはいい女だろ。」とか言って、行きつけの店の若いママさんを紹介してくれたものでした。そのママが大学時代に付き合っていて、結局お水の道に行って振られてしまった彼女にそっくりだったので、何回かずるずると通ってしまったものです。

 衛研の職場旅行で我々は幹事だったのですが、宴会のカラオケで、「つのちゃん、もうこれでお開きにするから。最後は俺が北島三郎で閉めっから。それから閉めてくれ。」、と、言われたのはもう15年前になりますか。

 男だねー。鶴さん。

 海の男はよー ってね。

 それはさておき、奥様が亡くなった後のTさんの落胆は気の毒でした。今は天国で、最愛の奥さんと、Yさん、Mさんと楽しく飲んでるかもしれません。

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2010年12月 4日 (土)

アジアでの人事交流

 フレラボでは日経新聞(アジア・豪州版)を購読しているのですが、新聞を読んでいると日本の企業がアジアにシフトしていくのがよくわかります。当然、日本からの駐在員も増加しますし、現地での雇用者も増加します。今、日本は活気がないとか言われていますけど、就職難の若者も現在職に不満のある人もこういうのに乗って、どんどん国外に出ていけばいいじゃないかと思います。そりゃ大変ですけど、お金が動かないと景気が良くならないように、人が動かないと組織は活性化しません。

 スポーツの世界など、日本で目の出なかったスケート選手やバレーボール選手がアメリカやロシアで花開いています。けれど、外国から受け入れる数はまだ少ない気がします。目立っているのは相撲界でしょうか。

 私のやっている研究の世界も同じで、もっと日本の大学に外国人教師を増やしていいと思いますし、日本人がもっとアジアの国々の大学や研究所に職を求めてもいいと思います。給与の面など問題はありますが、たとえばシンガポールの大学などはアメリカやヨーロッパからその道の大家の先生を呼びよせています。優秀で、欲を言えば日本の組織や社会に適応できる人材であればいつでもチャンスを与えるべきだと思います。

 

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2008年12月16日 (火)

下ネタ禁止

 このブログの一番最初に書きましたが、自分が職もなくて奥さんにも逃げられてどん底の時に、他の人のブログを読んで励まされたり、癒されたりしました。その中の一つに「セキララ○学」というのがありました。

 書いていたのは某国立大学の准教授の方で、当時まだ30代前半だったと思いますが、自然科学系のブログランキングで一位になったこともありました。大学と家庭での毎日をただ書いているだけだったのですが、お子さんの写真がとてもかわいらしく、かなり癒されました。

 それまで私は自分の研究のことしか頭になくて、子育てなど自分の人生設計に全くなかったのですが、そのブログの子供たちの写真と父親である彼のコメントを見ていると、通学途中で見かける、よその子供が次第に可愛く感じられるようになってきました。皮肉なもので妻の方は以前は赤ちゃんが欲しいと言っていたのが、その頃からぴたっと言わなくなりました。

 公募に出しても出してもいい返事をもらえない、論文を書いてもなかなか筆が進まない、じりじり焦りばかりが募るなか、この人のブログを読むと気持ちが楽になりました。

 けれども、だんだん官能小説みたいな内容が書かれるようになってきて、おいおい大丈夫か、これじゃセキララでなくてセクハラだ、と思っていたら、案の定、ブログの連載は中止となってしまいました。本人がスーパーで買い物をしていると、「先生のブログ、毎日楽しみにしています。」とレジの女の子に声をかけられるほどだったそうなので、大学構内でも有名だったのでしょう。大学職員としてはちょっと度が過ぎたかもしれません。

 どこまで書いたらいいのか、という線引きは、私自身よく考えます。とりあえず二十年来の付き合いのある友達も含めて何人かの女性がこのブログを読んでくれているので、意識して下ネタは書かないようにしています。本当は下ネタ大王なのですが。

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