日常

2008年8月17日 (日)

ぼったくりタクシー

 昨日で前半の調査が終わりました。まだ予定の半分で、パスツール研の人たちは来週は別の調査が入っているので、再来週からまた調査を始めます。昨日はほとんどトラップの回収で終わりました。一昨日までに取っておいた蛹から成虫を回収するのと、これまでの調査票とボウフラを採集した水瓶の数や番号を照らし合わせました。

 いつもは午前中に調査を終わらせてもその後の処理が8時、9時までかかるのですが、昨日は6時過ぎに終わり、TRさんとフォーを食べに行って、そのままバイクで空港まで送ってもらいました。

 ノイバイ空港について家まで帰ろうと27万ドンの約束でエアポートタクシーに乗ったのですが、料金所の前で10万ドンチケット代を払えと言われ、埒が明かないので、とりあえず10万ドンを渡すと次にガソリンスタンドによってガソリンを入れて時間をつぶし、アパートに着いたら35万ドン払えと言われました。20万ドン渡して3万ドンの釣りをよこせと言うと、タクシー料金は35万ドンと言い、ふざけるな(ここから日本語です)、27万ドンという契約だろ、と言うと、タクシー27万ドン。いやだと言うと、あと5万ドンよこせ。結局釣りはもらえず、降りました。今日、サッカーの練習の後でチームの人たちに聞きましたが、個人でないエアポートタクシーでもひどいらしいです。

 仕事ではこいつらに負ける気は絶対しませんが、サッカーにせよ、女性にせよ、こんな連中には死んでも負けたくねえ。

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2008年8月12日 (火)

事故現場と交通マナー

 今朝は6時に出発して現地に向かい、8時から作業を開始しました。総勢13名で一つ一つの作業を確認しながら、予備調査を行いました。最初のうち英語とベトナム語の両方ができるTNさんがミーティングに行ってしまったため、ベトナム人スタッフの間違いを指摘できず、困りました。さあ、そこでベトナム語を勉強した私の出番と言いたかったのですが、せいぜい時間と道を聞けるレベルなので、役には立ちません。作業を終えた後、協力してくれた家の人に、ありがとうございました、と言える程度です。

 現地に向かい途中、事故現場を通り過ぎました。バイクが車道の真ん中にあって、そばに人が倒れていました。その方は亡くなったらしくゴザがかかっていました。

 曲がりたいときに勝手に曲がる、脇道からは本道に合流する際に徐行せず、二人に一人は進行方向しか見ていない(様に見える)。これでは事故がないのが不思議です。去年の暮れからヘルメット着用が義務づけられましたが、信号無視、一方通行無視などをもっと取り締まってほしいものです。歩道をバイクで走るのは、日本では(古いですが)オバタリアンと自棄をおこした十代の若者に限定されますが、こちらでは普通です。ルール以前にマナーの問題ですが、交通に限って言うと日本の常識はベトナムでは通じません。

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2008年8月 4日 (月)

外国生活での本

 今日は本来ならサッカーなのですが、まだ左足首に痛みがあるので、大事をとって休みました。来週からホーチミンでデング熱媒介蚊の調査が始まるので、足を引きずっているわけにはいきません。でも、再来週の試合には出たいので、調査中もジョギングなどして準備だけはしておくつもりです。

 今週は土日は家でゴロゴロしながら音楽を聴いたり、本を読んだりしていました。ベトナムに来てから4カ月、当初は緊張感もあって土日もベトナム語を勉強したり、普段自習しているテキストの復習をしたりしてきたのですが、ここのところサボリがちです。最近は土日は本を読んだり、DVDで映画を見たりすることが多いです。ただ、私のパソコンでは日本で生産されたDVDしか映らないので、それがつらいです。

 昔、アメリカでの学会に行ったついでに、旦那さんの留学についていってシンシナティーにいた大学時代の友人を訪ねたことがありました。その時、彼女が日本語の活字に飢えていると切実に語ったのが印象に残っていたので、日本からは仕事に使う本のほか、読み物も多少持ってきました。けれども、なにせ理系の本ばかりなので、ないものねだりで小説や随筆などが時々無性に読みたくなります。

 

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2008年8月 1日 (金)

流行りの日本語

 今、私の周りのベトナム人の間で流行っている日本語。

 「アレッ。」

 「エッ!」 

 「エーットネエー。」

 始終、彼らとの会話で私が連発しているそうです。それが、彼らにとって面白いらしいです。

 たとえば、今日も、フレラボのCoちゃんが先日取ってきたコウモリを同定してもらうので、エントの冷凍庫に保管してあるのを渡して下さいと、尋ねてきました。冷凍庫を置いてある実験室の電気がついていたので、入ろうとしたらカギがかかっていました。あれっ。

 広い実験室なので別のドアを開けようと思ったら、またカギがかかっていて、あれっ。

 結局、一番奥のドアが開いていました。Coちゃんは笑い転げていました。

思わず出てしまうんだから、しょうがないじゃんか。

 ベトナム語の音調がどうしてもできなくて、5時半から秘書のTさんにお願いして、音調の特訓をしたことがありました。彼女にテキストを読んでもらって、そのテキストにアルファベットで書かれた文にベトナム語特有の^とか~とかの記号をつけていくのですが、とにかく母音を聞き分けるのが難しいのです。音読しながら彼女が笑い転げているので、なんで笑うんだ、と尋ねると、私は新しいベトナム語を作っていたそうです。

 教えてもらっているのに変ですけど、馬鹿にされているようでだんだん頭にきました。このやろー、お前もなんか日本語をしゃべってみろ、と(英語で)言うと、

 ヘンタイー

 スッケベー

 

 誰だよ、こんな言葉を教えたのは。

 スミマセンデシタ。

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2008年7月18日 (金)

論文の校正とハノイの気候

 昨日、ようやくカメムシの飛翔速度のゲラの校正を終えて、応動昆英文誌の編集部に返送しました。先週はマダニの集合性の論文のゲラの校正を済ませました。どうにかこれで去年から持ち越された仕事にけりがついたわけですが、今投稿中の論文がありません。昨年度長崎大学でやっていた蚊の産卵行動をまとめているのですが、全体の構成がまだ固まっていません。マダニの論文もまだいくつか埃をかぶっています。論文は生もの、早く料理しないといたみます。

 ハノイはここのところ毎日雨が降ります。エントラボのDPさんによると、5月から7月が夏で、8月から10月は秋なので、そろそろ季節が変わるとか。嘘だよ、この調子で暑いんだったら8月も夏じゃないか、と言ったものの、彼女の話だと、これから雨や嵐が多くなり(今よりも多くなるんかい!)、冬はとても寒いとか。(うーん、でも所詮-18度とか、そこまでいかなくても水道が凍結するとかってことはないんだから、たかがしれてるだろうな。)

 いずれにせよ、これからいやでも体感します。

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2008年7月15日 (火)

YIさんの企画

 お昼にフレラボスタッフ全員でYIさんお勧めのドジョウ料理を食べに行きました。今度YIさんの後任としてくるYNさん一家と、秘書Tさんの彼氏も一緒で総勢13名でした。YNさんとは去年知り合っていました。彼は去年の熱帯医学研修を受けていて、私はよく聞きに行っていたので、彼のことは知っていましたし、彼も私のことを覚えていました。奥様と4歳のかわいいお嬢さんと一緒にこれから二年間ハノイで暮らすわけで何かと大変でしょうが、頑張りましょう。

 で、肝心のドジョウの方ですが、ちょっと油っこくてまあ話のネタにはなりますが、私は柳川なべの方がいいです。お店の二階の天井が子供の背丈位しかない部屋で、お風呂場の椅子に座って食べました。

 夕飯もYさんお勧めのキノコ料理屋で食べました。前回同様、ここはうまかったっす。今日は全部Yさんに支払っていただきました。自分の送別会はいらない、その代り皆に自分の感謝の気持ちを伝えたい、と云うのでYさんはやってくれたわけですが、私は短い付き合いでしたけど、水臭いと思いました。友人は頼りにし、頼りにされるもの。一方通行ではないと思います。

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2008年7月12日 (土)

お客様とベトナム人

 フレラボには日本からいろいろな方が来ます。長崎大学以外の大学、研究所の関係者、時には長崎県の県議さんも来られます。日本的な慣習で、皆さんお土産を持ってこられます。ベトナム人の女子学生Toちゃん、Coちゃん、秘書のTさんはまだ若いし、日本の女性と同じでお菓子とかに目がないので、こうしたお土産を正直な話楽しみにしています。

 今回、立て続けに日本からの訪問客があってお土産をたくさんいただきました。Tさんはもうすぐにも開けたがっていて、これはおいしいの、とか聞いてきました。うーん、ちょっとまて、と、私は(心の中で言ってから)、日本ではお客様が帰る前にお土産を開けるのは失礼だから、やめたてほしいと言うと、ベトナム人女性、最近博士号を取るために入ってきたLさんも交じって、それは文化の違いだ、と反論されました。お客様のいる前で喜んで開けるのがベトナムの礼儀ですと。確かに日本でもそうではあるけど、それは親しくなった友達の場合だ、と言ったのですが、とりあえず、日本の礼儀とベトナムの礼儀とは違うと少しはわかってもらえたのかなあ。

 私は友達の家(たいがい夫婦です)にお呼ばれされたときは自分(達)がうまいと思うケーキ屋さんのケーキを買っていきました。そしてたいがい食事をとった後で一緒に食べました。気がおかない付き合いだからそうするんですよね。だから、ベトナム人の人間関係はシンプルなのかと思いました。単純な発想ですが。

 自分は喜怒哀楽が顔にすぐ出るのですが、ベトナム人の友達から御馳走を出されると素直に喜びます。そんなときは大好物の骨をもらう前の犬みたいな顔をしているのかもしれません(それほど可愛くねえか)。でも、いつもベトナムの人はそんな私を見て喜んでくれているのがわかります。あー、よかったー、チュノダが喜んでるって。

 たぶん、そのおかげでベトナムの人と仲良くなっているのかもしれません。

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2008年7月10日 (木)

ベトナムの離婚事情

 エントのラボでは、中部高地から研究員が一人、ハノイ市内の保健大学から学生が一人研修に来ています。二人とも二十代の男性で、話した感じではいい奴そうです。今日はエントの相棒のD君とお昼を食べた後で四人でカフェに行って少し話をしました。

 話がいつの間にか離婚のことになり、ベトナムの事情について聞いてみると離婚率は非常に低いそうです。6%くらいとか。日本では、(1)暴力、(2)夫が収入を家に入れない、(3)浮気、のどれか一つの条件を満たせば離婚が成立しますが、ベトナムでは、夫の暴力にも妻は耐え、夫が働かないで酒を飲んだくれていても、妻は働きに出ていくそうです。代わりに夫婦喧嘩はかなりすごいらしいですが、なんかそこまで耐えなくてもさっさと次の幸せを見つければいいのにと思います。けれども、家族をはじめとして周りの縛りが強くて簡単にいかないようです。

 自分の場合は、カミさんが実家に帰ってからじたばたもがきましたが、別れてもいいと思った最大の理由は、相手が完全に自分への愛情がなくなって、もう元には戻らないと感じたからです。

 人には、さあ、次は頑張ろうぜ、って気楽に言えますけど、自分のことになると腰が重くなります。

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2008年7月 9日 (水)

私の出勤風景

 毎朝8時15分過ぎに家を出て研究所に行きます。エレベーターで下に降りて、まずアパートの管理人や掃除のお姉さんたちに会うと、「シンチャオ」。アパートから研究所の門まで5分程ですが、いつもきまった時間に歩いていると、いつもきまった人たちに会うので、その人たちにも「シンチャオ」。

 通勤路には、雨の時以外は年中無休でバイクを洗っている少年二人がいます。いつの間にやらその脇で新聞を読んでいるおじさんが加わりました。彼らとはだいぶ前から顔見知りだったのですが、二週間ほど前から挨拶をするようになりました。この前の日曜日にいつもの通り挨拶をして通り過ぎようとすると、椅子を置いて座れというので座ると、おじさんは英語をしゃべり始めました。聞けば、日系の企業で運転手をしているとか。2ヶ月間免停をくらってしまったので、今は暇だとか。(だからいつも新聞を読んでいるのか)。少年二人はどちらも超童顔なので、家が貧乏で中学にも行けなくて働いていると勝手に思い込んでいましたが、実は二人とも17歳でした。

 それからいつも同じ席でカフェを飲んでいるこれまた10代にしか見えない青年と、宝石店かなにかわかりませんが、いつも門の前にいる制服を着たガードマンのお兄さんたち、黒っぽい服をいつも着てお茶しているおばさんに挨拶をします。

 さらに通勤の律速段階となる横断歩道を渡り、NIHEの門の前で何回か利用したバイタクのお父さん達と挨拶を交わし、門を入ったところで門番さんたちに挨拶をします。そのまま古い庁舎を突っ切って裏庭に抜けると通称ハイテクセンターが見えてきます。時折、前に角田レストランで酔って「ジャパン、ベトナム、スモール」のメッセージだけを送ってきた修理屋のお兄さんを見かけると挨拶をしてセンターに入ります。

 四畳半のような生活圏ですが、職場に着くまでかなりの人と挨拶を交わしています。ベトナムに来て三か月、仕事とは直接関係ないところで知り合いが増えました。

Photo  5分間の通勤圏で起きた交通事故。タクシーがバイクをはねた後です。たちまち人だかりができました。このとき、バイクに乗っていたおじさんは見たところ無傷だったのでタクシーのお兄ちゃんはそのまま逃げようとしましたが、通りの商店街のお兄さんがすかさずキイを奪っていきました。見事な連係プレーでした。

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2008年7月 3日 (木)

リュウキュウヤマガメ

 フレラボのHTさんが何を思ったのか、急にカメを飼いたくなったらしいです。そうだよな、一人暮らしはさびしいしさ、犬やハムスターと違ってカメは少しくらいほったらかしにしても大丈夫そうだし。秘書のTさんがカメを飼っていて、昨日はそのカメがフレラボの流しのことろに一日いました。ガメラみたいに甲羅の周りにギザギザがあって枯葉色をしていました。陸ガメだというので、リュウキュウヤマガメだったりしてと思ったら、今朝HSさんが調べたところ本当にそうでした。沖縄の山の中にいる希少種のカメで、そしてダニがいっぱいついているカメなのですが、琉球から大陸づたいにベトナムにまで分布しているそうです。それが、こちらのペットショップに普通に売られているらしいです。

 Tさんにお店を教えてもらってHTさんは早速買いに行ったのですが、私も野次馬根性を出してハノイのペットショップを一緒に見に行きました。ハノイ市内の繁華街のお店は、靴屋、婦人服屋と同業者がある通りに固まっています。ペットショップ街に行ってみると、どこも小さなお店なのですが、金魚、熱帯魚をそれなりに売っていました。

 それで肝心要のカメですが、どれもホアンキエム湖で中学生が釣ってきたようなミドリガメばかりでした。10軒近くの店を回ったのですが、彼女が欲しかった陸ガメはどこにもありませんでした。Tさんの情報ですと2匹陸ガメが売られていたらしいのですが、残念。

 個人的にはカメよりもカメキララマダニの方が気になります。

Photo_2 HTさんが撮影したカメ。ぶんぶく茶がめ。

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2008年7月 2日 (水)

知花くららと臨時の先生

 朝からフレラボのHSさんは、1時半くらいに知花くららがNIHEに見学に来る、と騒いでいました。実際にはNIHEの敷地内にあるJICAに見学に来るのが本当でした。夕方、忘れた頃になってから、突然、フレラボのドアの前にJICAの所長さんと美女が現れました。まず、背が高いのが目立ちました。同じ沖縄県出身のY教授は、出身高校の話やら知り合いの話やらをしていました。うーん、これは知花さんについて下調べしていたな。それにしても、落ち着いているといいますか、受け答えがしっかりしていました。

 6時からはベトナム語講座。今週は先生が実家に帰っているため、臨時の先生が来ました。最初からベトナム語で質問しまくりで、弱りました。あまりにもベトナム語での質問が多く、"No English, No Japanese"だったのでかなり頭を使いましたが、不思議なことに次第に先生の質問の内容がわかるようになってきました。いつもは長いと感じるレッスンも今日は短く感じました。最初は拷問じゃと思いましたが。

 先生をバス停まで送った後、夕食を食べようと角田レストランに立ち寄りました。通常は8時閉店で、閉店ちょうどの時間だったのですが、言葉がわからないと思ったのか、常連だからやむなしと思ったのか、内装工事をする前にもかかわらず、食事を取れたのですが。

 私以外の最後の一組の客が帰ったとたん、工事が始まりました。すぐに、下水管が破裂。いつもはその客がいた場所が指定席でしたが、あそこにいたらもろに汚水をかぶっていたでしょう。ドリフのコントで、荒井注なら、「なんだ、ばかやろ。」というところでした。今日はもっと外側にいたので難を逃れ、一応道路の向かい側に小さなテーブルとお風呂場の洗い椅子のような椅子を移動して臭い夕食をとりました。

 帰り際に一応スーパーに寄りました。外見はどう見ても日本のコンビニ以下の規模なのですが、こちらではそれでも一応一通りの品物を置いてあって、目印に柱が緑色に塗ってあればスーパーと呼ぶので、私の行きつけのこの店は勝手に一応スーパーと呼んでいます。ここで、朝食の卵を買おうとすると、新入りの店員さんが何やら話しかけてきましたが、長老格らしい店員さんがこの人ベトナム語わからないよ、というようなことを話しかけたらしく、下がってしまいました。家に帰ってみると卵が一個割れていました。あー、そうか、だから注意してくれたんだ、と納得しましたが、だからって別のと変えてくれたらいいのに、とも思いました。そういえばこの店で顔見知りの店員さんが前に一度交換してくれたことを思い出しました。

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2008年7月 1日 (火)

家庭を持つ強さ

 今朝、ベトナム関連のYさんが来月で辞める話を本人から聞かされました。ご家族と離れた生活が長い間続いていましたが、これからはご家族と一緒の生活を送るため研究を辞める決断をされました。Yさんとはここに来てからの短い付き合いでした。失礼だけどちょっと変わっていますが、非常に繊細で、優しい方です。自分ができなかったせいかもしれませんが、家族のために次の人生を踏み出せる人は心から応援したくなります。

 寂しい知らせもあれば、うれしい知らせもありました。最近連絡を絶っていた知り合いに、昨日留守電を入れたのですが、今日メールが届きました。千葉大にいたときに就職のことやお互いの相手のことなど相談し合っていた人なのですが、なんと、昨年結婚して、来年おめでたの予定だそうです。いろいろ試練はあったのを本人から聞いていましたが、一生の相手と決めた人と見事成就できたのですから、見上げた根性です。

 家庭に憧れるくせに(見かけと違って)少しも家庭的でない自分。

 なにはともあれ、家庭について考えさせられた一日でした。

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2008年6月30日 (月)

映らぬDVD

 左足の痛みがまだとれず、今日のサッカーは休みました。だいぶ普通に歩けるようにはなりましたが、まだ走れそうにはありません。焦れるけど、しょうがないです。

 秘書のTさんがDVDをいくつか貸してくれたのですが、私のパソコンのDVDではほとんど作動しません。ようやく見ることができたのが、リチャードギア主演の"Bee Season"と韓国映画の"the way home"。"Life is beautiful"とかも見たかったのですが、DVDの操作をするとフリーズします。同僚の人たちが先日ハノイ市内で買ったのは別に問題はなかったらしいのですが、私の場合はDVDの規格が問題でしょうね。とほほ。

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2008年6月27日 (金)

メールでのミス

 月末にメールで送られてくる出勤簿に記入して送り返したのはいいのですが、事務の担当者ではなく熱研メーリングリストにそのまま送っていました。着任早々、お世話になった事務の方に挨拶状を出したつもりが、メーリングリストに流れたことがありましたが、はあー、今回で二回目です。今度もやはりへこみます。

 私が入っている(入っていた)メーリングリストは、ほとんどが返信は差出人に戻るように設定されています。全員に配る予定のメールを差出人だけに返信したら、メーリングリストで自分にメールが来なければ気がつきますし、それほど大きなミスではありません。

 しかし、特定の個人に出したメールをメーリングリストで発信したとなると、被害が大きくなる場合があります。そしてこれは取り消せません。今回は私の勤務時間の情報だけでしたが、もっと個人的なことなどをうっかり流してしまったらと考えるとぞっとします。

 一度口に出した言葉は戻らない。人に話す言葉って、大事です。

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2008年6月24日 (火)

下町生活

 まだ、足が痛みます。普段なら5分の通勤時間が今朝は15分かかりました。10代の頃なら足がつっても翌日にはすっかり治っていたのですが、こればっかりはいたしかたないです。次回はこんな無様なことのないようにします。

 昨日、タクシーから降りてびっこをひいていたら、散髪してもらっている床屋のお兄ちゃんが道の向こう側から走り寄ってきて、どうしたんだ、大丈夫か(推定訳)、と尋ねてきました。今朝も通勤路で顔見知りになった人たちがどうしたの?という感じで、足を指さしていました。職場でY教授にこの話をすると、ベトナム人は他人に対して全く無関心だけど、一度顔みしりや友達になるとすごく親身になるそうです。

 いずれにせよ、下町にいる感じがしてあったかいです。

 そういえば、Y教授とHTさんから、私はアパートとNIHE(研究所)との間で生活が成り立っていると指摘されました。4畳半の部屋でこたつに入ったまますべて用が足りているようだと。そういえば、食堂、スーパー、果物屋、床屋、すべて5分以内にあります。唯一の例外がクリーニング屋です。といっても10分以内ですが。

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2008年6月19日 (木)

挨拶回りと大雨、停電

 午後に新任の私とHさんの挨拶回りをするためにY教授、事務のFさんと四人で日本大使館に行ってきました。厳重なセキュリティーチェックを受けてから、しばし待ち、さらに厳重な奥の院に入ると、閑静ですが、やや無機的な感じのするオフィスに通されました。そこで秘書官の方と30分ほどY教授の報告を中心にお話をしました。次の訪問先のJICA本部と日本大使館とはすごく近かったのですが、所長との面談の約束まで時間があったので近くのホテルでお茶をしました。その間に雲行きが怪しくなったなと思ったら、JICA訪問の前に雨が降り出しました。

 ホテルとJICAとは隣同士だったのですが、雨足が強くてボーイさんに傘をさしてもらってようやく移動できました。ここでも厳重なガードを通り抜けて所長室に通されて、また30分ほどお話をしてすぐに帰る予定だったのですが...。

 タクシーに乗ったのは良かったものの、大渋滞。本来なら片道30分の道のりが1時間半かかりました。しかも、途中幾度が道が水没していて、足元で水がぴちゃぴちゃ当たっている音がして、止まるんではないかとかなり不安になりました。なんとか研究所の近くにたどりついたので私だけ下ろしてもらって、どしゃ降りと水たまりを突っ走って研究所にこぎつけました。NIHEは建物全部が停電でした。エントの皆は帰っていて、カギが閉まっていましたが、フレラボはお嬢さんのいるHさんを除いてみんな残っていました。もう一度門番さんのところまで戻ってエントのカギを借りてきて、パソコンやアパートのカギが入ったカバンを持ち出して、冷凍庫のサンプルが心配だから残ると言っていたTOさんをY教授に電話でなだめてもらって、帰宅しました。

 今日はあいさつ回りだったのでスーツを着て行ったのですが、びしょ濡れでした。どっちみちクリーニングに出す予定だったのですが、シャツや靴下を洗濯して乾燥機にかけていたら、プッツーン。アパートが停電になりました。

 1時間半後にようやく復活。やれやれ。

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2008年6月18日 (水)

マンゴスチンから私のキャラへ

Photo_2 最近、毎朝食べているマンゴスチンとパイナップルのジャム。

 マンゴスチンは真ん中の白い果肉の部分を食べます。これが10個くらいで200円です。もっと安くなったかもしれませんが、これを買った果物屋はかなりおばあちゃんだったのでまあいいです。以前、千葉大のベトナム人留学生のTさんからマンゴスチンを餞別にいただいたのですが、食べ方がわからずしばらくほっておき、長崎大学に来てしばらくしてから食べようとしたのですが、その頃にはほとんどいたんでしまいました。

 今のフレラボで私はかなりいじられキャラになっています。時折天然なところが垣間見えるせいでしょうか。今日もマンゴスチンの話題から話が私のことになって、Y教授からこのままのキャラでいって下さいと言われました。じゃあ、将来俺の下についた学生、院生はどうするんだ、と考えたりもしましたが、我が身を振り返ると、人間性は若い時からほとんど変わっていません。おやじの会社の倒産で自棄を起こしてクラス全部の女の子に嫌われたり(これを卒業直前に聞いた時はさすがにへこみました)、かみさんに逃げられて鬱になりかけたり、これまで辛い経験をしたはずですが、そういう時期を除けばちっとも変っていません。明るく、元気なのが私の長所です。その長所が前面に出ていてもまわりから嫌味に思われない、今の環境は自分に合っているかもしれません。

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2008年6月17日 (火)

くさい臭い

 新庁舎の一階の廊下が非常に臭います。オフィスのドアを開けると途端に臭いにおいが入ってきます。幼少期に群馬の実家の近くでかいだ、お蚕の繭を取り出すときの匂いのようですと言っても、北関東か長野出身の人でないとわかりませんね。ショウジョウバエの培地の匂いのようと言っても生物系の人にしかわかりませんが、ベトナム人スタッフはたぶんそうだろうと言っています。でも、虫を飼っているのはエントラボ、すなわち我々くらいのものなので、どこが発生原なのでしょうか。

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2008年6月15日 (日)

歓迎会と買い物

 金曜日は私と6月から赴任されたHさん、秘書のTさんの歓迎会を日本料理屋「喜楽」でやっていただきました。JICAの日本人スタッフやよく実験室を使っているベトナム人研究者も加わってかなり賑やかでした。Y教授の手品の後でなぜか私も芸を披露しなくてはならなくなり、大学4年の時の追い出しコンパ以来久々に「赤城村音頭」を踊りました。

 祭り過ぎれば嫁が来るー って、どこから見てもローカルな歌詞です。

 土曜日には午前中にベトナム語を勉強した後、午後からY教授、Hさんと三人で郊外のスーパーに買い物に行きました。最初にY教授に誘われたとき別に買うものはないのでお断りしたのですが、強引に言われたので、結局行く羽目になりました。洗剤とグラスを少しとチーズなどを買って、ゴミ箱以外は持参したデイバックに入るくらいの量を買ったのですが、他の二人はショッピングカートにいっぱい買いこんでいました。Y教授がなかば強引に誘った理由がわかりました。荷物持ちが欲しかったのね。

 本日日曜日は午前中に洗濯をした後、何をしようか考えています。週に一度くらい野球かサッカーか、何か思い切り体を動かすスポーツをしたいです。この間長崎に行った時に久々に熱研ジョギングクラブの人たちと一緒に走ったのですが、バテバテでした。

Photo 私のアパートから撮ったキンドービル。Hさんの話だと、雨が上がると大気中の埃が落ちてはるかかなたに山並みが見えるそうです。ハノイ市内から山が見えるなんてちっとも知りませんでした。

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2008年6月12日 (木)

コーヒーのシミ

 一週間ぶりにエントのラボに行ってみると、机の上に置いておいた論文と壁に貼っておいたグラフにコーヒーらしき液体のシミがどっさりありました。これは新手のいじめか、と最初思いましたが、室長のYさんに尋ねると、フィールドから帰ったP君が私の机に荷物を置こうとしてリュックに入っていたコーヒーをぶちまけたとか。どっちにせよ、「ノープロブラム」とは言ったものの、むっとしました。

 私に甘えているのか、あまり他人に遠慮がないのか、結構ペンだの消しゴムだの勝手に使われてなくなっています。

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2008年6月 6日 (金)

一時帰国

 研究の打ち合わせのために今日から来週の水曜日まで長崎に行きます。病院でもう一度ピロリ菌の判定をしたり、皮膚科の病院に行ったりもしなければなりません。それからエントラボの人から買い物を頼まれています。こちらでは資生堂の化粧品は人気があるので、友人の奥方用にシャンプーボトル大を3個頼まれたりしています。自分用の本やパソコン関連の機器もあるので、行きは何もありませんが、帰りの荷物は多いです。

 

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2008年6月 4日 (水)

顔に出る

 私は顔に出やすいそうです。飲んだ時に限りません。むっとした時、落ち込んだ時、すぐわかると大学の友達から、別れたカミさんから言われていました。今日もちょっとしたことで落ち込んでしまい、フレラボの女の子の一人から、何かあったんですか、と尋ねられました。他の二人からもいろいろ聞かれて、対応に困りました。いい年した大人が娘くらいの女の子にバレバレです。みっともねー。

 こういうときは飲んで忘れるに限ります。

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2008年6月 2日 (月)

雨季のはじまり

 今日は日本からエントラボに金沢大学のTさんと学生さん二人、私の前任者で長崎大のHIさんが二週間弱、ベトナムで調査をするためにやって来ました。それぞれ別の調査なので対応するベトナムスタッフも違います。今ベトナムは雨季に入って、蚊の野外調査も本格的になってきました。そのため、これまでとうって変わって人が急に増えて、あわただしくなりました。

 フレラボも新しくHTさんが赴任されて、一名増となりました。HTさんは日本人スタッフの中で紅一点です。また、新庁舎に電話がつながり、残っていた荷物を全部引き払いました。あとは前の部屋の鍵を全部返すのみです。六月になって一気に雰囲気が変わった気がします。

 ベトナム人スタッフは日本語がわからないのをいいことに、おじさんばっかりでおバカな話をしていましたが、これからは自粛しないと。 

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2008年6月 1日 (日)

エアコンの故障

 一週間ほど前からリビングのエアコンの制御ができなくなって、勝手にスイッチが入ったり、切れたりしていました。仕事が終わって家に帰るとひとりでにエアコンがついていたり、夜中にひとりでにピーピー鳴りながらついたり切れたりします。少々気味が悪いのと電気代がもったいないので管理人の人たちに状況を見せて、修理をしてもらうように頼んでおきました。

 今日、ようやく午前中に電気屋のお兄ちゃん二人が来て見てもらったのですが、スイッチをつけたり切ったりしても何の異常も示しません。お兄ちゃん達は笑っていました。ここで、英語が少しでも通じればいいのですが、全く通じないので、そのまま下に降りていってしまいました。普通に動くのであれば問題ないし、汗もかいていたので、シャワーを浴びていると、ピーピー、ピーピーいつものごとくスイッチが入ったり切れたりするではないですか。慌てて服を着て、下に降りてみると、お兄ちゃん達はまだいて、大家さんと話をしていました。日本だとさっさと帰るものですが、こういうときベトナムはのんびりしていて助かりました。主任格らしいお兄ちゃんを手招きして状況を見せるとようやく納得したらしく、カバーを外し、修理を始めました。30分近くかかってようやく直りましたが、私には原因はわからずじまいでした。

 日本で外国人が電気屋さん、ガス屋さんを呼んで、英語で説明してくれと言ったら、私だったら、そりゃ、お前が日本語話せよ、と言いたくなります。

 はー、ほんと、ベトナム語、わかるようになりてえ。

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2008年5月29日 (木)

B型肝炎の抗体

 B型肝炎の検査結果を聞きに行ったら、すでに抗体を持っていました。いつ、どこでワクチンを注射したのか記憶にありません。衛研時代によくわからずに打っておいて、すっかり忘れてしまったのかもしれません。とりあえず、もう一回追加で打っておけば半永久的に抗体が残ると説明されたので、ワクチンを接種しておきました。これで、デング熱患者の血液とかを取り扱うのも一応大丈夫です。

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2008年5月26日 (月)

お父さん達と衛研時代のKさん

昨日、久々に角田レストランに行きました。いつものように適当におかずを注文して、席について、さて食おうかと思ったら、向かいの席にいたお兄ちゃんとおじさんがこちらに手を振っているので、こちらも、やあ、という感じで手を振ったら、飲もうぜ、という素振りをしたので、じゃあ、すみません、となって、すぐ合席で飲み会になりました。

 お兄ちゃんは、ほとんど片言の英語でしたが、ナガサキ、ナガサキ、と言っていたので、ひょっとしてどこかで会っていたかもしれません(今日、新庁舎の作業場で見かけました)。顔もどこでか忘れたけど、北大の同期のNに似ていてイケ面のベトナム人でした。でも、彼の話はベトナムとジャパンとグット以外はベトナム語なので、私には理解できず、どうもシリアスらしく、だんだんお父さん達はシラケてきました。私がベトナム語をできないために、お兄ちゃんは空回りしたみたいだけど、結局、飲むんだったら楽しく飲まなきゃ、っていうのは万国共通です。

 アパートに帰ると、警備のお父さん(これまで管理人のおじさんと呼んでいました)に酒を飲んできたのがばれて、ここ座って、飲もうといわれたので、ちょっと待ってもらっていったん部屋に戻り、前任者のHさんがエントに置いていったタロイモ酒を持って下に降りました。一口、お父さんは飲むと、うまい、と言うと、またヘビ酒を出してきて、体にいいからと、交互に飲まされました。確かに、口当たりはまったく違いますが、かなりきつかったです。

 ベトナムでお父さん達と飲むといつも思い出すのは、千葉衛研の時のKさんです。奥さんを40代の時に亡くされ、御母堂と三人のお子さんを育てられました。でも、奥さんのことを忘れられず、そして仕事での鬱屈もあって、毎晩、キャバクラ、スナック、キャバレー杯一(千葉の栄町に昔ありました)を辞めたおばさんがやっていた小料理屋に通っていました(すごい)。奥さんが亡くなる時に、お父ちゃん、私が死んでも私以外の人に浮気しないでよ、と言われたそうで、オネエチャンのいる店に行っても律儀にそれを守っていました(もっとすごい)。飲みに付き合うと一切我々に払わせず(なおさらすごい)、あんまり悪いので我々がお誘いを断るとすごくさみしそうな顔をしていました(すみませんでした)。

 私は衛研を辞める際の挨拶で、ここで皆さんに会えたことは私にとって財産でした、と述べたのですが、飲みに関していえばKさんとのいろいろな思い出があったから、ベトナムのお父さんとすぐ仲良くなれるので、本当に感謝しています。

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2008年5月24日 (土)

会議での最初の報告

 昨日は日本で研究の打ち合わせをする飛行機のチケットの手配、B型肝炎のワクチン接種の予約、ベトナム語教師との連絡をまとめて秘書さんにやってもらいました。英語で要点だけ伝えれば、ベトナム語でどんどん電話をかけて処理してくれるので本当に助かります。

 夕方5時からベトナム側と長崎側の合同会議がありました。だいたい一、二カ月に一度開いているようですが、それぞれ研究の進捗状況を報告したり、意見交換する場所となっています。が、昨日はベトナム側の部長クラスの人がエント(=昆虫部門)を除いて誰もいなかったため、日本側だけの発表でした。日本側は教授クラスの人が出席する会議なのですが、私は日本とベトナムの二人の日本人ボスから、これからは会議に出席してエントを積極的にアピールせよ、と命じられているので、今回から(渋々)参加しました。ここのエントのスタッフと共同で調査する他の人の研究計画ですが、スライド2枚にまとめて報告しました。

 もともとはPさんが報告していたのですが、彼女は英語があまり話せないのと、パワポが作れないため、今回からこういう形で私が報告、Pさんが付け足すという形になりました。海外に医学系の研究拠点は長崎大以外にもいくつかありますが、昆虫部門があるのはベトナムだけです。熱帯をフィールドに研究するとなると、媒介昆虫というのは一般受けしやすく、それだけにもっとアピールしてほしいというのがボスたちの考えです。ごもっとも。

 ただし、昆虫の野外調査はすぐに結果が出るわけではないし、まだ自分の研究計画でいっぱいいっぱいの段階なので、当面は他の人の研究の状況について報告していかざるを得ません。

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2008年5月22日 (木)

新庁舎

 Photo

 新しい庁舎です。一階の左奥にエントラボのオフィス、右奥に実験室があります。二階の右奥にはフレラボのオフィス、左奥には実験室があります。なんでオフィスと実験室を互い違いに分けるのでしょうか。設備の面で能率的でない気がしますが、これも風水で決めちゃったのかな。

 新庁舎でインターネットもつながり、フレラボに机と椅子も揃いました。

 引っ越し祝いしたいなあ。

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2008年5月21日 (水)

NIHEメシ

Nihe_4  いつもお昼に食べている、研究所の定食です。私たちはNIHEメシと呼んでいます。右下の白いのがご飯、右上からゆでたウリ、揚げ春巻き、豚肉の炒めもの、ジャガイモのスライスです。左は汁で、豆腐とニンジンが入っています。味付けはたいてい薄味なので、物足りない人はおかずをトウガラシを入れた魚嘗をつけたりして食べます。これで、12000ドン(日本円でいうと80円くらい)。1万ドン、1万5千ドンのコースもあります。値段によっておかずの品数とご飯の量が違ってきます。

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2008年5月20日 (火)

安いホテルの予約

 やっと、エントラボの引っ越しも終了して、今日から新しいオフィスの机に移りました。あとはフレラボの机と椅子の到着を待つのとインターネットの接続です。新庁舎ではネットがまだ使えないので、事務処理とかは古い庁舎のフレラボのオフィスでやっています。

 昨日から新しいベトナム人秘書さんも来ているので、こちらに調査に来る人のホテルの手配などをお願いしています。今まではベトナム人の学生さんたちに実験の合間にやってもらっていたのでいささか気が引けました。前の秘書の方は活発な感じだったと聞いていますが、今度の方は物静かな感じです。

 ところで、昨日、日本のある知人からホテルの手配を頼まれたので、一泊40ドルのホテルを紹介したのですが、できるだけ安くしたいので10ドルくらいのホテルはないか、と返答がありました。秘書さんに、悪いけど、高いそうなのでキャンセルしてもらえますか、と頼むと、じゃ、交渉します、と彼女から答えが返ってきました。えっ、ホテルって交渉次第でそんなに金額を安くできるんかい、と、またまた日本の常識が通じないことに、それとどちらかというとお嬢様育ちの雰囲気の人から当たり前のように言われて、びっくりしました。結局、そこは5ドルしか負けてくれなかったそうですが。

 エントラボのベトナム人スタッフにホテルについて聞いてみたところ、今のハノイで10ドルはないそうです。旧市街にはツーリスト向けのそこそこ安いホテルがありますし、3月には私も15ドルから20ドル位のホテルに泊まっていました。けれど、それ以下はあっても英語が全く通じないし、安全面を考えたら薦めたくないそうです。一日千円の違いだったら、海外旅行時の保険にでも入ったと思って、私なら納得しますか。

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