研究

2008年8月16日 (土)

蚊が取れ過ぎていっぱいいっぱい

 今日も家々を回って蚊を取らせてもらいました。今回の調査では150軒の家を回る予定ですが、1チーム午前中かかって7、8軒終わればいい方です。少ない時で3チーム、多い時で6チームで作業をしたのですが、まだ80軒ほどしか終わっていません。長崎から来ていたKDさん、AT君も今日帰るので、明日は日本人は私一人です。日本人のいないチームは11時くらいには引き揚げてしまうので、それを考えると気が重くなります。来週は調査を中断して、再来週にまた私はホーチミンに来て、調査を続けなければなりませんので。

 蚊の方は取れ過ぎて、毎日困るくらい取れています。当初、午前中しかで採集しないなんてけしからんと思いましたが、丸一日調査をしていたら蚊の処理ができなかっただろうと思います。今でもいっぱいいっぱいですから。

 日本は今お盆休みですが、今年は実家には帰れません。お彼岸くらいに夏休みをとれたら帰ろうかな。

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2008年8月15日 (金)

ヤシの実ジュース

 今日はパスツール研スタッフはTRさんを除いてみな別の現場に向かったので、昨日仕掛けたトラップの回収と調査場所をGPSに記録していく作業をしました。

 さて、調査場所は週に二日停電するそうです。仕掛けたトラップも当然その間停止するわけで、せっかく採集した蚊もその間に逃げ出しました。何とか対策を練らなければいけません。

R0010806 炎天下、バイクを降りて目的の家に向かいます。帽子代わりなでしょうか、皆ヘルメットを脱ぎません。先頭を歩いているおじさんは今日私を乗せていたのですが、やけによろよろバイクを運転するなあ、と思ったら、いきなり脱輪して草地に突っ込みました。かなり焦りましたが、写真のような池に落ちなくて本当に良かった。

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 家々を回っていると、「お茶でも飲んでいきない。柿でも持っていきない。」(推定訳、なおこれは群馬の方言です)と、言われます。水は沸かしたもの以外は飲まないようにしていたのですが、今日ホーチミンのようなひげを生やしたお爺さんの家で出された水は、飲まないととってもお爺さんに申し訳ない気がして、えいやで飲みました。写真のお宅では、ヤシの実を御馳走してもらいました。甘いのですが、しつこい甘さではありません。先日ベトナムに来られたM教授が、昔、ベトナムで調査場所に行く時に、ホテルから水を持っていくのを忘れたときにはヤシの実のジュースを飲んだと仰っていました。水の貴重な場所ではヤシの実は重要な水分補給源です。

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2008年8月14日 (木)

オーバーワークと仕事を楽しむTRさん

 今日も6時にホテルを出発して、8時から11時過ぎまで家々を回って蚊を採集しました。今日はかなり暑かったです。実は12時近くまで粘ろうと思っていたのですが、連れのスタッフが案内のおじさんにいつの間にか勝手に帰っていいよと言ってしまったので、早めに引き揚げてしまいました。英語が全く通じないので、私がこういうとき少しでもベトナム語が分かればいいと思います。

 パスツール研に戻ってからはずっと採集してきた蚊の処理と同定をしました。途中で他の人に手助けしてもらいましたが、それでも全部やり終わったのは8時過ぎでした。サンプルが多すぎて大変そうですが、少なすぎるのに比べればまだましです。

 夕食はTRさんとパスツール研近くのレストランで食べました。彼女から、なぜウイルスの分離を今回はするのか、と尋ねられました。最初は、まだあまりやられていないからとか、重要だからとか、答えになっていないような返事をしていたのですが、なぜ、そんなことを聞くの?と逆に質問を返すと、今回は自分がプロジェクトを管理するので、ぜひとも成功させたいから、と答えが返ってきました。家に帰っても仕事をするのでここのところ睡眠時間は2-3時間だそうです。今回の仕事に関してストレスを感じる一方で、楽しんでいるとも言っていました。彼女は今、仕事がおもしろくてしょうがないらしいです。

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 次の家を訪問しに向かうところ。道は丸太の橋なんてこともあります。当然バイクも使えません。炎天下、歩いて移動しました。写真の両側は湿地です。私は最初の一歩で踏み外しました。丸太を歩き渡ると奥には木でできた橋がありました。

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2008年8月13日 (水)

調査開始と日越の男女差

 調査2日目。本格的な調査が今日から始まりました。全部で6チームにわかれて、ボウフラの生息調査をしました。私は、パスツール研の新人スタッフと地元の役所のおじさん、保健所のおじさん、バイク運転手のおじさんと総勢5名で各家々を回りました。私もおじさんですが、新人を除いて皆さん人生の先輩でした。

 各家に着いたら、まず水瓶にボウフラ(=幼虫)と蛹がいるかを記録して、蛹を採集します。次に成虫を採集するためのトラップを仕掛けて、家の人に、上水道を使っているかとかいろいろアンケートをします。今回は、新人君と一緒ということで、私は彼が見落としがないか、見張る、嫌な役目でした。けれども、新人君は、KさんとA君に聞くまでわかりませんでしたが、去年までゲストハウスでガードマンをしていた人なので、ここでしっかり仕事を覚えてもらわなければなりません。Kさんは人手が足りないから今回だけ頼んでいるのではないか、と言っていましたが、確かTRさんは新人スタッフと言っていたはずです。ベトナムなので日本の常識で考えてはいけませんが、よく考えたら私は2年前までぷー太郎でした。ベトナムでは30代になってから勉強するために仕事を辞めるのはたぶん考えられないと思います。

 仕事の後、日本人三人とTRさんとで少し飲んだのですが、彼女から聞いた話は日本とは違っていました。日本では女性は現実的、男はおバカな理想主義というのが、たぶん私や私の友達の意見なのですが、ベトナムでは女性が理想主義で男が現実的だそうです。ふうーん。でも、ベトナムの男は酒と博打と女が好きだけど、それって現実的ではないよ、と言ってみましたが、彼女の言うには、それでも女性の方が理想主義らしいです。私はベトナム人の女性について勉強不足なので、これについては2年間の宿題にしたいと思います。

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 この田んぼのあぜ道をバイクに三人乗りして家々を回ります。今日は6軒の家を訪問したのですが、各家でお茶をいただきました。当然、調査している水瓶の水を沸かしていると思います。出されたものは残さず食べて飲むのが私のモットーなのですべていただきましたが、最後の家で出された、冷やした水だけは、飲めませんでした。出した家の方に失礼だったと思います。

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2008年8月 9日 (土)

調査開始の遅れ

 金曜日にはベトナム訪問中のT教授とM教授も合流して、調査地の下見をしてきました。蚊の発生源になりそうな容器にはトイレタンクや花瓶などがありますが、今回の調査地ではやはり何といっても水瓶です。蓋を各世帯に配って全部の水瓶にきちんと蓋をした地域と、蓋を配らないで特に対策をしない地域とでボウフラの発生量を比較するのが今回の調査の目的です。他にも、処理区と対照区とで住民のデング熱の抗体価を比較します。ただ、今年はデング熱の発生患者がすでにかなり報告されています。蚊の対策を実施した地域、しなかった地域での抗体価の比較をするのには調査開始が遅かったかもしれません。

 蚊の採集とその後のウイルス検出が私の今回の仕事です。蚊の採集は抗体調査に協力してくれる家から行う必要があります。ところが、住民への説明会が遅れに遅れていて、来週以降になったので、調査する家屋がまだ決まりません。本来は来週いっぱい採集をする予定でしたが、来週は前半に予備調査をしてからいったんハノイに引き揚げて、調査する家屋が決まった時点でまた来ることにします。

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 養殖池や水路のまわりには手前のようにヤシの木が植えられています。ヤシの実は食用として、葉は奥の家のように屋根や壁として使われます。

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ベトナム南部での調査の下見

 今、ホーチミンのパスツール研究所近くのネットカフェにいます。

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 木曜日、金曜日と調査地の下見に行ってきました。田んぼとエビの養殖場が一緒になった池に囲まれて家々がぽつんぽつんと点在しています。家と家とは田んぼのあぜ道でつながっています。どの家にも軒下に大きな水瓶を置いていて、そこに雨水を貯めて、生活用水として使っています。ずらっと並べられた水がめ。屋根から流れ落ちる雨水を手前のトタンで水がめに流し込みます。普段は水がめに蓋をしていますが、蓋が無くなったり、壊れていると、そこからネッタイシマカが入り込んで、卵をうみつけます。

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 調査地の下見を終えて、保健所に戻ってくるTNさんと地元の保健婦さん。もちろん二人乗りです。田んぼのあぜ道が家と家を結ぶ道路なので、車は幹線道路(といっても乗用車二台がやっとすれ違える程度)以外は走れません。バイクと自転車がここでは必須です。毎日、否でも平衡感覚が磨かれるでしょうね。お笑いの人ならここで落ちるのでしょうが、底まで2mはありますので、バイクを這い上げるのが大変です。

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2008年8月 2日 (土)

バチャンでの下見

 昨日は、ハノイから約10km離れたバチャンという町に蚊の幼虫を採集に行ってきました。エントのスタッフ3名と保健省関係の方1名、地域の役人1名、地元の保健婦1名、それにドライバー1名というたかだかボウフラを取るのに総勢8名の大掛かりなスタッフとなりました。バチャンで取った幼虫を実験室に持ち帰って育ててから、成虫に色素をつけて放して、蚊の飛翔距離や生存率を求めるのが今回の調査の目的です。

 バチャンは中国人の作る陶器で有名です。最初に訪れた場所は工房みたいなところで、外に積まれた陶器に雨水がたまって、3軒回っただけで目的の量のボウフラがとれました。今回は発生源を減らすことで蚊の飛翔距離がどれだけ長くなるかを調べたいのですが、これだけ発生源が多いと大変です。それとバチャンの町は予想よりも狭いです。衛星写真で見ると紅河の流域500メートル以内に家が密集しています。これだと試験区を2か所設置するだけでいっぱいいっぱいです。

 当初は砂糖水を何箇所も町中に置いて、蚊が糖分の補給ができる試験区とそうでない区での比較も考えていました。しかし、どの家にも果物の木や花がいくつもあって、これも難しそうです。

 下見も兼ねて今回はバチャンを訪れて、実際に現場を見て調査地に頭を悩ましましたが、それよりもエントのスタッフをはじめ現地の人たちを動かすのが難しかったです。英語が通じるのが、エントのVさんと保健省から来た女性だけですが、どちらも片言です。エント室長のYさんにもっとわかりやすく目的と方法を説明しておいて、彼女からVさんに指示を与えてもらった方がよかったです。ボウフラサンプリングくらいしか伝わっていなかったようなので。でも、一番厄介だったのは強情そうな地元の保健所の方でした。もう少しいろいろな場所を見たいという私の要求を、他はどこも同じ、との一言で突っぱねてしまいました。

地元のおバチャン

次回からはなんとかせねば。

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2008年7月26日 (土)

コウモリのダニ取り

 朝から早速、昨晩こちらのスタッフに取っていただいたコウモリから採血して、そのあとで私はダニを取りました。コウモリの体は思っていたよりもきれいでした。ダニは19個体見たうちで3,4個体に食いついていました。コウモリにはいろんなウイルスを保有している種がいたり、全くウイルスを保有していない種がいたりします。そのような病原体の保有とコウモリが単独生活や、大家族で生活しているかといった社会性が関連していることが示唆されています。病原体の側としては集団生活している種に入り込んでいった方が(普通なら)生き残る確率が高いと考えられます。

 午後は実際にコウモリ取りに国立公園に行ったのですが、公園を管理する人がいなくて、我々が作業する許可をとれないので、現地のスタッフだけ残ってコウモリを捕獲してもらって、我々はまた戻りました。電話一本かけておいてから行けばよかったのにと思いましたが、次回はそのように取り計らってもらいましょう。

 8月に南部で始める調査に私が参加する際にNIHEの側からアシスタントが付いてくることについて、できる限りこちらの誠意を尽くして説明してみたのですが、今日パスツール研から来たメールを見ると断固としてNIHEを拒絶する態度でした。もしもNIHEの人間を連れてくるのなら、私の調査も許可しないという回答でした。ベトナム人はメンツを非常に大事にするということを本で読んだことがあったのを思い出しました。

 NIHEの側にもメンツがあるでしょうね。

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2008年7月24日 (木)

調査の付添

 私はベトナム国立健康疫学研究所(略してNIHE)-長崎大学(NU)フレンドシップラボラトリー(フレラボ)に所属しています。フレラボにはYI先生と共用の机もありますが、本来の机はNIHEの医学系昆虫学研究室(エントラボ)にあります。これは、長崎大学の私のボスであるT教授の方針で、エントの人たちと一緒に活動をするのだから常日頃から同じ釜の飯を食えという、獅子の子を谷底に突き落とす、まるで「巨人の星」のような勤務形態が前任者の時から続いています。実際にはエントラボは朝9時過ぎにならないと誰も来ず、5時になったら早く帰ってくれという調子です。そのペースに合わせているとちっとも仕事が進まないので、私は朝と夕方5時以降はフレラボで仕事をしています。

 確かに普段から似たような研究をしているベトナム人スタッフと一緒にいるのは公私に及んでいい面もありますが、悪い面もあります。たとえば、私はベトナム人しか知らないような場所や物事を彼らに教えてもらっていますし、隣の席のD君はひょうきんなので、しょっちゅうおバカな話をしています。悪い面としては、調査に行く時はいつもスタッフのだれかが付いてくるような暗黙のルールがあります。フレラボの他の人にはそのような制約はありません。これはベトナム語を話せない自分には便利ですが、交渉や共同研究をする相手が英語を話せれば別に必要ありません。

 ベトナムにはNIHEのほかにも、パスツール研究所という有名な医学系の研究施設があります。パスツール研はベトナム国内に4か所ありますが、一番大きなのはホーチミン市にあります。それぞれの研究所が所在する地域周辺をカバーするといいますか、ベトナムは日本以上に縦割りなので、別の言い方をすると縄張りにしています。NIHEは国立の機関なので全国区で仕事をするわけですが、一応その地域の研究施設には筋を通す必要があるらしいです。

 私は8月からホーチミンのパスツール研の人たちと一緒に仕事をするのですが、やはりエントラボのスタッフを連れて行くことになりました。けれど、最近、NIHEとパスツール研の昆虫研同士の関係があまりよろしくないようで、パスツール側からかなり不快感を示されて困っています。人手が足りないのならパスツールから出すとか、なぜチュノダだけ一人で来れないんだ、とか言われるのですが、しょーがねえだろ、としか正直なところ自分には言いようがないです。

 

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2008年7月22日 (火)

筋肉痛と野外調査の準備

 今日は、いつもの倍の時間をかけて通勤しました。両腿の裏側が筋肉痛で、まともに歩けませんでした。ハノイには温泉も公衆浴場もないので、こういうとき風呂のある部屋にすればよかったかなと思います。徐々に体が慣れてくるのでしょうが、八年間のブランクは相当きついです。

 八月にはホーチミン市まで二回往復しなければなりません。一度は打ち合わせと講演、もう一回はデング熱媒介蚊の調査です。調査は10日間ほどかかります。それからハノイ近郊で蚊に目印をつけて放し、再び回収する試験を近々行うため、その下見と器材の準備もしなければなりません。今週の木曜日から日曜日まではHBさんについて中部山岳地帯に行って、コウモリの捕獲と外部寄生虫の回収を行います。だんだんフィールドに出る機会が増えてきます。

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2008年7月 6日 (日)

新任紹介としてのプレゼン

 9時から私とHさんのプレゼンテーションがありました。新庁舎の2階の会議室を使ったのですが、思っていたよりも人が集まっていました。30人くらいでしょうか。ウイルス、細菌のラボの若い人が目につきました。エントの部屋からはYさん、PAさん、POさん、Dさん、ドクター以上の人が聴きに来てくれました。私はマダニとシカに関するこれまでの研究について話をしました。

 マダニについてその生物的なことを最初に簡単に説明した後、現場での疫学調査についてふれてマダニとシカとの関係について問題提起をし、調査内容、結論について述べました。シカによる森林の更新の阻害や裸地化による土壌流出が日本でも問題になっており、マダニすらも住めなくなる状況が起きていることを伝えました。最後に、秘書のTさんに教えてもらったベトナム語の歌詞を示して、ベトナムがいつまでも美しい自然を残していくことを願っています、と話を締めくくりました。この歌は私たちの歓迎会の余興でベトナム人の方々が歌ったものでした。

 美しいベトナム、それを残すのは、あなた次第。

 (ほんとは歌って締めたかったんだけど、最後のスライドの話が長くなってしまって、すべりそうな気がしたのでやめました。)

 

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2008年6月28日 (土)

第三の故郷

 今日は飲みたくなって飲んできました。

 私にはふるさとが三つあります。一番目はもちろん群馬の実家です。二番目は学生時代にお世話になった金田荘(名前が悪いので、私が出てから金田APに変わりました)。三番目は長所ステーション。マダニの調査でよく泊まっていた場所です。ホテルを経営している大家さんが、空き家をそのままにしているのは良くないという理由でステーションのリーダーのOさんにただで貸していてくれた場所です。ここに私らは泊まってシカの調査やらマダニの調査をさせてもらいました。

 しかし、時の流れでしょうか。あまりにも全国で野生動物が問題になったせいか、野生動物を専門にする会社が成り立てるようになりました。それで、県の職員がボランティアで旗を一生懸命振っていたのが、そうしなくても済むようになりました。ある意味、良くなったのですが、ある意味、個人的にはつらいです。思い入れのあった場所がなくなったのですから。

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2008年6月26日 (木)

パスツール研での打ち合わせ

 今日は日帰りでホーチミン市のパスツール研究所に行ってきました。7月からホーチミン市郊外で行う予定の野外試験の打ち合わせです。ハノイから私とデング熱ウイルスの専門家のHSさんとで朝9時に研究所を出発しました。ホーチミン空港にはパスツール研のTNさんが迎えに来てくれていました。

 今回、私は蚊の採集と蚊からのウイルス抽出を行う予定で、パスツール研のウイルス担当のHさんとの話し合いの中で、垂直感染について調べたいと述べました。そのあとで具体的な数字の見積もりについて相談したのですが、私のど下手な英語の説明の仕方がなぜか彼女のつぼにはまったらしく、よくわかりませんがずっと笑い転げていました。生態とか行動とかの説明ならまだしも、ウイルスとかの話だと皆目何言っていいかわかりませんし、身振り手振りと片言の英語で伝えようとしてもしんどいです。あとでTNさんに聞いたら、おまけに顔が真っ赤になっていたとか。何とか協力はしてくれそうですが、詰めが足りなかったことを反省して、HSさんともう一度サンプル数などを検討しなおすことにしました。まだ、話し合うことはあったのですが、帰りの飛行機に間に合わなくなりそうだったので、蚊のサンプリングで切り上げて、空港に向かいました。HSさんはいろいろ確認できてよかったを話していましたが、私は説明する時間が足りなくて、いまいち納得がいきませんでした。

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パスツール研の室長のLさんが私たちのために用意してくれたココナッツジュース。水にしては濁っていると思って、これ何ですかと尋ねたら、果汁を取る前の果物を持ってきてくれました。味は微妙に甘い感じです。健康に、特にお肌にも良いと説明してくれました。

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2008年6月25日 (水)

研究テーマでまだ悩む

 こちらで研究することを先週からぐじぐじと考え、時折思い出したように文献検索をして、プリントアウトした論文を読んだり、教科書を眺めたりする日々を送っています。一旦腹をくくれば、あとは黙々とデータを取る毎日ですが、計画段階の今は悩んでばかりです。

 マダニをやり始めた頃は、他人の研究から刺激を受けると、その材料が哺乳類であろうと鳥であろうと自分の研究に取り入れましたが、今は縛りがあるような感じがしてどうしてもそこから身動きがとれません。自分が面白いと思うことで、かつ、論文になることがこれまでの研究者としてのテーマ選びの基準でしたが、もう一度この原点に戻って考えたいと思います。

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2008年6月22日 (日)

直球女からの諫言

 先週長崎で検討した、今年の研究計画をエントの室長のYさんに昨日見せたのですが、調査項目の中にエントの人たちが含まれていなかったためにすっかり機嫌を損ねてしまいました。そんなに南部で仕事がしたいなら、ハノイにいる必要などないとまで言われてしまいました。Yさんとの話し合いの後で、フレラボで今度のプロジェクトのウイルス担当のHSさんとYさんとの件について話をしたのですが、Yさんの提示したウイルス分離をエントの実験室で行うというには無理がありすぎるという結論になりました。

 デング熱の発生患者数は南部で圧倒的に多く、媒介するネッタイシマカの分布も南部に偏っています。デング熱に関連した調査となると俄然南部を中心に活動することになります。私としては今年度は今年のプロジェクトの蚊の採集とウイルス分離、分子生物的な技術の習得に徹して、来年度にエントの人たちと何かプロジェクトを行うつもりでいたのですが、今年から始めていかざるを得ません。

 その日はベトナム語の試験があったので、まっすぐ帰ろうと思っていたのですが、また強引なY教授に誘われて飲みに行きました。上司のお誘いを断れない部下。飲み行くなら電話をしてくださいと言い残して早めに帰って行った同僚のHTさんに電話を入れて、「紀伊」に着いたまではいつもどおりだったのですが。

 まず、先日の私のスーツ姿にHTさんからダメ出しが出ました。10年くらい前の古臭いスーツだったと。

 おっしゃる通り。衛研時代に買ったものです。新しいのを買いたいと思います。

 次に、昼間のHSさんとの会話が聞こえていたようで、私の仕事への態度を非難されました。その前にY教授から、角田さんは怒ったことないよね、と言われたばかりでしたが、これにはさすがに、女でなかったらぶん殴っていたと思います。

 諫言は耳に痛し。前向きにとらえていくだけです。

 それにしても、私は友人から直球男と言われますが、今回はヘルメットなしでバッターボックスに立たされて危険球を投げられた気分でした。

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2008年3月29日 (土)

房総のシカ調査への参加

 先週は房総に行っていたので、久々の投稿です。毎年3月末になると、房総半島南部に生息するシカの個体数調査に参加しています。20人近くで一斉に山に入って1時間半の間に目撃したシカの数を集計して、その地域のシカの密度を推定します。通いだしてからもう10年近くになります。興味本位で初回は参加したのですが、ズボンについたマダニを参加した人たちが払っているのを見て、シカの密度と人に付くマダニの密度との関係を何とか調べられないだろうかと考えました。主催者のOさん、Aさんと相談して、2回目の参加から皆さんに通称ダニ布をつけてもらってマダニを集めています。付いたマダニを布から取り出すのと、布を洗って片付けるのが大変なのですが、今回は房総のシカ調査会のI君に手伝ってもらいました。何とかマダニを取り終えましたが、まだ同定作業が残っています。

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 カウント調査でいつも楽しみなのが「舟よし」での夕食です。右が毎年食べている1500円のコース、これに味噌汁がつきました。なめろうも入った刺身丼、でかいかき揚げに小鉢が三品。左が調査の終了した日曜日の夕方にいつものメンバーで再度「舟よし」に行って私が注文したアジ定食、1250円。アジの刺身よりも天ぷらのでかさに、「なんじゃこりゃー。」

 今回はまる二日山に入ってキョンを一頭見ただけでした。わりと奥のシカの見れそうな区画に配置されたのですが、まったくシカを見れませんでした。いつもは10頭前後見るのですが、こんな年は珍しいです。

 土曜日の夕食のときに近々国外に行く私のためにビールが振舞われました。5年ほど前のAさんの結婚の報告以来です。一言を求められたのですが、いつもダニ調査に協力してくれるのを皆さんに感謝すると同時になかなか論文にしていないのを詫びました。

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2008年3月13日 (木)

追い込みに入った実験

 蚊の産卵行動の実験も追い込みに入ってきました。ベトナムから帰って早々に蚊を吸血させて実験を再開しましたが、なかなか思うような結果が得られず、昨日からデータを取り直しています。また、リサーチで産卵行動を担当しているFさんと不足の実験データについて話し合い、おとといから追加の実験も開始しました。2月中に終わらせる予定の実験でしたが、このままだと3月末までかかりそうです。昨年末から散々苦労してきただけに、なんとかして論文の形にして終えたいです。それから、N君とFさんには五月の発表会で有終の美を飾って欲しい。

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2008年3月 8日 (土)

もがくテーマと募金に隠された激励

 ベトナム出張中にもリサーチの学生二人に一回目のデータを取ってもらっていたのですが、今日から二回目の蚊の産卵行動の実験を始めました。この実験の予備データの結果をベトナムと先日の研究室のセミナーで発表しましたが、どちらも突っ込まれまくりでした。教官なら本来完璧な発表をしなければならないはずですが、私はごまかしとハッタリができないため、リサーチのFさんにはかなり不安を与えてしまった気がします。まだまだ自分の研究テーマについて勉強不足です。ただし、今回のデータが加わればそれなりに結論が出ると思います。

 先日、千葉大から園芸学部創立100周年記念事業の募金が来ました。封筒を開けてみると、当時の指導教官であるA先生から直筆で、「お変わりなく魂を込めて研究に取り組まれているかと存じます。道は必ず開けますので、今を大切になさってください。」との文が書かれていました。A先生には先日、四月以降のことで多少落ち込んでメールを出したので、その返事をこのようなかたちでいただいきました。

 衛研時代、野球部に所属していました。後半はピッチャーもやっていましたが、私の球は重い、速さはなくて剛球、と言われました。重い直球。生き方、学生への指導、そのまんまです。

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2008年3月 3日 (月)

やっと見つかったテーマ

 今、ハノイにいます。ベトナムの国立感染症研究所に来て、4日目です。今日の午前中はセミナーをしました、というかボスのT教授から、「お前、顔見せ代わりにやれや」、と言われたので、長崎で今やっていることを発表しました。今まさにリサーチの二人にデータを取ってもらっていますが、その予備実験の結果をこの3日間でまとめてみました。

 本人としてはそれなりに面白い結果なのですが、これまでの経験で自分で面白いと思っても他人は別なので、不安でした。案の定、いくつか英語の表現の点でつたない箇所があり、最初はうまく伝わりませんでしたが、(いつものように粗相がありましたが)なんとか終えました。結構、いやらしい質問をする女性が途中から加わって、はじめはYさんのお嬢さんかと思っていたのでしたが、あとで自己紹介されて、アメリカに留学していた昆虫学部門の人だとわかりました。それにしても、蚊が栄養条件によって卵を産み分けるのが応用的にどうなのかなんて、わっかるわけないでしょーに、と開き直るしかないでしょーが。正直言って、去年の六月から悪戦苦闘してテーマ探し(自分探し?)をしてなんとかなりそうな現象を見つたんですから。そしたらまた、4月から新たなテーマをやらなければいけないのだから、どんだけー、です。

 もっと地道に続けたいテーマですが、4月からの環境づくりが大変そうです。 

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2008年2月 9日 (土)

昨年の研究とこれからの研究

 昆虫の飛翔距離推定法についての論文を書いたのですが、先日、4つ目に投稿した雑誌からレフリーの意見に従って修正してください、という返事が戻ってきました。昨年の今頃から書きだして、3月末の学会発表と同時に投稿した、私としてはかなり早くに仕上げた論文だったのですが、一年近くかかってまだアクセプトされていません。Like a rolling stoneです。

 自分の実験とリサーチの学生の指導で最近はいっぱいいっぱいになりつつあります。今年は3月末にかなりばたばたしますが、その前にこの原稿を修正し、実験とリサーチを仕上げておきたいものです。それから、来年度から始める研究計画を詰める必要があります。そのために今日は帰りに寄り道して、ウイルスの専門家と少し話をしました。蚊が媒介する病気について蚊とウイルスをはじめさまざまな関係についてアイデアを暖めています。

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2008年2月 4日 (月)

数学科中退

 恥ずかしながら、私は今の研究室で数学ができると思われています。一応、統計についてひととおりのことを理解しているからかもしれませんが、それに加えて私には数学科入学、中退という経歴があるせいかも知れません。

 私が最初に大学を受験したときは今で言うセンター試験の前身の共通一次試験がはじまって3年目のときで、一次試験の成績を考慮して受かりそうな国立大学に応募したらたまたま受かったのがS大学でした。ただし、理学部生物学科を第一志望にしたにもかかわらず、第二志望か第三志望にした数学科に合格していました。生物を勉強したい決意は固かったので、本来なら蹴って予備校に通うかするはずですが、当時は父親の会社が倒産して間もなかったため、大学に行かせてやるだけでもありがたいと思え、という空気が親戚をはじめまわりに満ち満ちていたので、S大に通いながらもう一回大学受験にチャレンジすることにしました。受かったあとは自力で生活する予定でした。家の経済状態を考えたら、授業料免除も奨学金も何とかなりそうでしたから(実際なんとかなりました)。

 同じ大学の生物へ編入という手もありましたが、空きが出ないと無理ということで、そんな他人任せの人生の選択はできないと思って、他大学を受験しました。教養の単位を取っておけば次の大学で活かせると聞いて一年目は真面目に講義に出ていましたが、二年目に専門の授業が始まると最初の一ヶ月でこれはついていけないと悟って、英語と体育以外はいっさいサボりました。特に難しかったのが、Y教授の「群論」でした。ちょこちょこっと黒板に内容を説明して、後は学生一人ひとり前に出て来させて練習問題を解かせるのですが、さっぱりできませんでした。そういえば、最初の授業で出席表の裏に、知っている数学者の名前を書け、と言われたことがありました。当時まだガウスもガロアも知らなかった私は、そんなもん、これから数学科の授業で教わっていくんじゃないか、と妙に反感を感じた記憶があります。そして、このときに数学に対するコンプレックスが生まれたような気がします。

 本来は数学が好きなので、大学教養程度の数学をまた勉強しなおそうとも考えています。ところがどうにも、S大のときに身に沁みた数学コンプレックスはまだとても根深く、「数学に強い」とか人から言われると、ああーやめてくれー、と心の中ではムンクの叫び状態になってしまうのです。

 受験の方は結局二回目で志望大学に受かりました。事後承諾となりましたが、まわりも金は生活費から全部自分で工面する、というので納得してもらいました。ただし、三歳下の妹が私のせいで大学進学を諦めました。この頃から私を応援してくれた妹には今でも頭が上がりません。

 

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2008年1月28日 (月)

石垣島

 土曜日に石垣島から帰ってきました。毎日必ず雨に降られて、必ずしもいい条件ではありませんでしたが、何とかデータは取れました。当初予定していた調査はあいにくうまくいきませんでしたが、かわりに古タイヤに発生するボウフラの分布調査を石垣島と竹富島で行いました。

 調査そのものは毎朝8時半に民宿を出て、夕方5時過ぎまでたっぷりデータを取り、かなり充実していました。調査を兼ねて竹富島に渡ったり、於茂登岳に登ったりもしました。私と、明るく、しっかり者のFさんと繊細で、人に優しいN君の三人は三人とも、食べるのも飲むのも大好きなので、昼食と夜の飲み会、その後のデザートもかなり楽しみました。

 どうにかリサーチの半分が終わりました。今沖縄にいる二人が戻ってからは羽化した成虫の同定とデータの解析です。

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