研究

2009年11月27日 (金)

英語力の強化と仕事の区切り

 今日の午前中に私の発表が終わりました。英語だったので途中つっかえたところがいくつかありましたが、なんとか無事終わりました。この仕事はKさんが立案、交渉をして、私は現場での作業と解析を担当しました。この後論文書きが残っています。私が遅筆なのをすっかり見抜かれているので、すでにポスドクのO君から早く書いて下さいと、尻を突っつかれています。業績を早く確実に上げていかなければならないのは彼も私も同じです。

 夏に帰国した際に、日本語と英語でダニの講義をしたときの学生からの評価を渡されました。日本語の方は好意的な評価でしたが、英語の方は、どちらでもない、が大半でした。英語のスキルをもっともっと高めていかないといけません。それにしても、学生の評価を気にしなければならないとは、日本の大学教育も私の頃に比べてかなりアメリカナイズされてきましたし、教員となった立場からは世知辛いです。

 先週帰国したと思ったらもう一週間が過ぎました。その間ボス二人と今後のことを話し合ったのですが、結局12月末にならないと何もわからない、という話に落ち着きました。それでも一応、いつでも引き上げてこれるように仕事に区切りをつけておくよう、指示は受けています。

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2009年11月12日 (木)

パスツール研究所主催の発表会

 朝7時にアパートを出発してパスツール研究所の主宰する研究発表会で発表するため、ホーチミンパスツール研究所へ行って来ました。外国人は日本から私と熱研のO君のみでした。研究所に着くなり、私たちのスライドをベトナム語に翻訳する必要があるということで、エントのLさんにパワポのファイルを渡しました。私とO君が昼食を食べている間にLさん、Tさんは我々のスライドを必死で翻訳していました。

 午後の発表だったので午後から参加したのですが、予想通り全部ベトナム語でした。私とO君は最前列正面に座らせられて、ベトナム人通訳が隣に座ってつきっきりで発表内容を通訳してくれたのですが、小学生の時に授業参観から帰ってきた母親がかなりできの悪かった算数の答案用紙を持ち帰って、つきっきりで復習させられたのを思い出しました。

 さて、O君の発表が私の3つ前にあったのですが、発表後のベトナム語での質問に対して共同研究者であるエントのTさんが代わりに答えていましたが、O君のスライドをパワポを使って一枚目から説明を始めたので、途中で座長の待ったの声がかかり、結局打ち切られました。質問の回答は私の発表の中にあったので、発表の順番を私の次にすれば話がわかりやすかったと思いました。

 私の時はエント室長のLさんが、私がスライドを一枚説明し終わるたびにベトナム語で説明しました。聴衆は50人くらいだったのが、30人くらいになっていて、その半分はエントとウイルスの人達でした。

 ポスター発表もありましたが、垂れ幕にでも使えそうな大きな布に4題分をプリントアウトしてあったのですが、紙でなくて布なので、図や文字がぼやけていて、おまけにベトナム語なので、まったくわかりませんでした。

 聴衆はもちろんのこと発表者も座長も携帯の電源を切ることをせず、頻繁にタッタカター、と音楽がかかるのには閉口させられました。

 パスツール研究所にはいろいろお世話になっているので、今回義理で参加したわけですが、もう少しエチケットやマナーの向上に努めてほしいものです。

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2009年11月 9日 (月)

JSPSの研修開始

 D君のJSPSの研修として、土曜日の午前中からチクングニヤウイルスを蚊の体から分離する作業をGさんの研究室で一緒に始めました。もし運よく目的とするウイルスがD君が取っておいた蚊の中にいれば、一週間後に確認できます。ダメならもう一回やり直しです。土日はこの作業と別の試験で卵の観察をするのとで半日つぶれました。

 GさんはもともとNIHEのウイルス研究室にいた方で、かなり実績のある方らしいのですが、室長のMさんと折り合いが悪く、今年に入ってから教育・研修室の室長になりました。D君は医動物研究室の室員なのですが、病原体の検出に興味があって、Gさんに指導教官になってもらっています。私としては、Gさんとこれからいい仕事をしていきたいですし、一方でウイルス室のMさんともうまく付き合っていきたいので、そこら辺は気を配っていくようにします。

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2009年10月23日 (金)

英語のできない新人に手を焼く

 昨日からハノイで蚊の調査をしています。今回は私以外は女性です。私とチームを組んだ相手は一月ほど前に入った新人なのですが、ほとんど英語ができません。今日は仕事の途中で停電になり、何より先に昨日仕掛けたBGトラップを回収しようと彼女に伝えたのですが、わかってもらえません。今日ラボに残っていた人に彼女が電話をかけて私と代わってもらったのですが、彼の英語も前からイマイチなので、さっぱり伝わりませんでした。もう片方のチームにも電話をしたのですが、これも伝わりませんでした。

 お昼に明日の予定を伝えたときに現地を案内してくれる保健所の女性の名前が出たのですが、そういうときだけは皆異常に勘を働かせます(頼むから仕事でもっと気を配ってくれ)。

 仕事を終えてNIHEに戻った後で、英語のできるスタッフに私の英語をベトナム語に通訳してくれるようにお願いして、今日のパートナーに調査の注意点について説明しtもらいました。現地で案内してくれるおじさんをあまり先に行かせない(うちらが着くのを待てずに家の人がトラップのコンセントを抜いてしまうでしょ)、訪問した家の人からチェックを拒絶されると頭から決めつけないで、うまく説得する(最初からあきらめてどうすんの)、などなど。

 明日もう一日がんばります。

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2009年10月18日 (日)

やる気のないSを切り捨てする

 やっと、南部のフィールド調査が終わりました。今日はホテルのサウナで1時間近く汗を流してからマッサージをしてもらいました。

 これまでは南部のフィールド調査にはNIHEからS君がついてきたのですが、今回で辞めてもらうことにしました。Yさんからサンプルなどの荷物を持ってハノイからホーチミンまで往復するのは大変だろうからというのでつけてもらったのですが、ホーチミンで次の仕事があるから残る、となると彼に来てもらう意味がないのが第一の理由です。

 第二の理由はこのプロジェクトに参加してほしくないと感じたからです。フィールドから帰ってもいつも後の処理がいろいろあるのですが、最低限のことしかしません。Yさんは前回S君に手伝わせていいと言ってくれたのですが、仕事を頼むとパスツール研の人に頼んで先に帰ってしまったり、なるべくサボって私やパスツール研の人にやってもらおうとします。同じくらい能力のある人材がホーチミンにいるのにハノイからの往復の旅費とホテル代を出すのが馬鹿馬鹿しくなりました。仕事が嫌なんだ、と感じざるを得ません。BGトラップの網が破けて蚊がいなくなっていると、自分の仕事が減ったと喜んだり、とにかくやる気がないのを見せつけられると自分は腹が立ちますし、周りの士気にも悪い影響がかかってくると思いました。

 自分は厳しすぎるのか、S君はどう受け止めるか、ここ数日考えていました。いつかS君が変わるのを待ってそれまでは我慢してこのまま続けるか、S君を切り捨てて自分の仕事を少しでもよくする方に力を注ぐか、どちらを選ぶかという段階まで頭の中を煮詰めたら、私の答えは決まりました。不器用でもせめて本人のやる気が見えればばこっちも待っていられますし、私の立場はそもそもプロジェクトありきです。

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2009年10月15日 (木)

疑ってすまないと思いつつ、Tien Giangの人達

 ようやくTien Giangでのサンプリングが終わりました。少し前に書きましたが、このサンプリングにはパスツール研の問題のある人が参加していたので少し不安がありました。

 昨日、彼の作成したデータシートをパソコンに入力していると、どうもチェックしているはずの容器の数が少ない。Tien Giangというのは田舎で、皆家の周りに水がめや防火用水みたいなコンクリートタンクに雨水を貯めています。2個というのは少なすぎます。

 どうするのか迷いました。前回あれほど文句を言ったのだから、たぶん、大丈夫だろう、と思いたいのはやまやまです。もし、実際に彼がきちんとやっていたらかなりプライドを傷つけるでしょう。今回一緒に調査している中で一番英語のできる人に、裏庭をちゃんと見ていたか、とか聞いてもらったのですが、ちゃんとやったという返事でした。さて、どうしたものでしょうか。

 いつもならNIHEから一緒に来ているS君とサンプリングをするのですが、結局、今日は疑いのあった人とまわりました。結果的には、きちんとやってくれていました。

 よっしゃ、わしはあんたを信じたる(なぜか関西弁)、と言いたかったのですが、サンプリングのレベルをどうしても上げておきたかったので、いやな役目だと思いながらも点検しました。

 一昨年、長崎大の博士課程のA君と初めて一緒に調査をしたときには、A君は人が悪いと思ったものです。でも、仕方がないです。言葉のコミュニケーションがうまくできないのなら、態度で示していくしかないです。心では疑って悪かったと思っていますが、彼には悪かったとは言いませんでした。とりあえず、角田と調する時にはごまかしできねえ、と思っていてくれればいいです。

Rimg0003_2 Tien Giangから帰る途中で、運転手の人が突然車を止めました。彼は車を降りて後ろへ歩いて行って、なにか動物を持って歩いていたおじさんのところに行きました。

 蛙のくしざしを持っている運転手さん。後ろで槍みたいなのを持って裸足でいるのが蛙を仕留めたおじさん。

 結局、運転手が8万ドン(約400円)で買って行きました。

Rimg0002_2  勉強中のベトナムの女の子。私の故郷は群馬の田舎です。小学校の時に担任の先生が、妹を背中におぶってお風呂(薪で沸かす風呂です)を沸かしながらその火で教科書を読んでいた女の子の話をしたことを思い出しました。

 写真の子はチョークのようなもので床に英単語を書いてはぼろ布で消し、時々ハンモックを揺すって寝ている妹か弟をあやしていました。

 昭和30年代の日本がここではまだ残っています。

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2009年10月 7日 (水)

ウイルス研修

 土日にハノイに戻って、ダウンロードしておいた文献のプリントアウトや11月に日本にJSPSの研修に行くDと打ち合わせをしました。今回はできるだけNIHEでウイルスの専門家のGさんから指導を受けてから、一週間程度日本で研修受けるように取り計らったのですが、幸い長崎からOKが出ました。ちなみに私もDをサポートする形でチクングニヤウイルスの実習を一緒に受けます。 

 パスツールでのデングウイルスの研修は今日でどうにか終わりました。残念ながら、今回持って行った蚊のサンプルはすべて陰性でした。さあ、明日から自分でウイルスの検出をやりなさいと言われたら、固まってしまいそうですが、徐々に自信を持てるようにします。

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2009年10月 1日 (木)

ホーチミンでの仕事といらいらした通勤

 朝8時にパスツール研究所に行って、細胞を培養したりデングウイルスを検出する作業をして、お昼にホテルに戻って休憩を取り、午後から再び研究所で仕事をして、4時半頃に仕事を終える毎日です。新しいことを覚える毎日なので結構時間の経つのが早いです。夜は割と暇、と言いたいのですが、来週までに科研の申請書を書かなければいけないのでノンビリはできません。

 ずるずる先延ばしにいていた原稿を一つ今日の夕方にやっと書き上げました。一晩寝かせて明日見直した後共著者の人にメールで送るつもりです。本当は去年書きあげておくべき論文ですが、少し肩の荷が下りました。

Rimg0004_2  宿泊先のホテルから研究所までは歩いて5分なのですが、道路工事をしているため、朝、昼、夕のラッシュ時には非常に混雑します。写真の道路は一方通行で、道路の半分はトタンのようなもの(写真右側)で塞がれています。真ん中の木から右がバイク、左は歩道(レンガが敷かれている)なのですがお構いなしにバイクが通ります。いらいらしながら朝、昼、晩にここを歩いて通っていましたが、今日やっと工事が終わって道がすいていました。

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2009年9月28日 (月)

ホーチミン三週間出張

 サッカーは前回の乱闘事件でミーディングランド使用禁止令が出たのですが、ベトナム語の堪能なキャプテンのおかげでなんとかまた試合ができるようになりました。試合は2対0でベトナム人チームに勝ちました。しかし、このところ全く走っていなかったので、私はボロボロでした。

 試合が終わって速攻でアパートに戻り、研究所に行って蚊の卵の観察をして、ホーチミン出張に必要なサンプルと試薬をアイスボックスに入れて、またアパートに戻ったら待ち合わせのタクシーの来る30分前でした。仕事をしている間にやっておいた洗濯物を取り込んで、荷物を点検していたら、もうタクシーが来ていました。

 ホーチミンのいつも泊っているホテルに着いたら、泊るはずの部屋の窓が全開になっていました。空気を入れ替えていたんだ、と思って、窓を閉めようとすると、絨毯もベットもびしょびしょでした。

 窓の外は雨、雨が降ってるー(雨の物語 by イルカ)。古い歌ですみません。

 部屋を取り替えてもらって、試合の後に飲まなかったビールを今飲んでいます。明日から三週間、蚊からデングウイルスを取り出す方法を教わって、車に揺られて蚊を取りに行きます。

 

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2009年9月17日 (木)

ジョイントフォーラム二日目

 今日は各拠点の代表者が自分たちの仕事の内容を紹介しました。我らがベトナム拠点はY教授が紹介しました。拠点を比べると、一番規模のでかいのが阪大のタイ拠点で日本人スタッフが十人くらい、それに同じくらいのタイ人スタッフがいるようです。その他の拠点は日本人が三人とかで、ベトナム拠点は規模でいったら中間くらいでしょう。フランスの本家本元のパスツール研究所からPBさんが参加していて、世界のパスツール研究所のネットワークとアジアにおけるパスツール研究所の歴史について講演をしていました。新たにラオスにも60人程度のスタッフが務める研究所を建設中だそうです。日本でも昨年、東北大学がフィリピンに、北大がタンザニアに海外拠点を作りました。昔はバイタリティのある研究者が個人的に海外に乗り込んで開拓していったようですし、実際、長崎大のベトナム拠点とケニア拠点は先人の苦労があったからこそここまでになれたと思います。まだまだパスツール研究所程ではないですが、日本も世界各地に研究拠点を広げつつあります。

 ポスターは何人かの人が見に来てくれました。新しい人と知り合いになれたのが何よりよかったです。

 夜のバンケットは途中で抜け出して、市場の二階にある食堂でトムヤンクンとカキの卵とじ、カニみその料理を食べました。どれもはおいしかった。私自身はポスターの準備でいっぱいいっぱいでなにもリサーチしていませんでしたが、今回の学会はかなりバンコクについて予習をした人が同行してくれるので助かります。

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