研究

2009年11月12日 (木)

パスツール研究所主催の発表会

 朝7時にアパートを出発してパスツール研究所の主宰する研究発表会で発表するため、ホーチミンパスツール研究所へ行って来ました。外国人は日本から私と熱研のO君のみでした。研究所に着くなり、私たちのスライドをベトナム語に翻訳する必要があるということで、エントのLさんにパワポのファイルを渡しました。私とO君が昼食を食べている間にLさん、Tさんは我々のスライドを必死で翻訳していました。

 午後の発表だったので午後から参加したのですが、予想通り全部ベトナム語でした。私とO君は最前列正面に座らせられて、ベトナム人通訳が隣に座ってつきっきりで発表内容を通訳してくれたのですが、小学生の時に授業参観から帰ってきた母親がかなりできの悪かった算数の答案用紙を持ち帰って、つきっきりで復習させられたのを思い出しました。

 さて、O君の発表が私の3つ前にあったのですが、発表後のベトナム語での質問に対して共同研究者であるエントのTさんが代わりに答えていましたが、O君のスライドをパワポを使って一枚目から説明を始めたので、途中で座長の待ったの声がかかり、結局打ち切られました。質問の回答は私の発表の中にあったので、発表の順番を私の次にすれば話がわかりやすかったと思いました。

 私の時はエント室長のLさんが、私がスライドを一枚説明し終わるたびにベトナム語で説明しました。聴衆は50人くらいだったのが、30人くらいになっていて、その半分はエントとウイルスの人達でした。

 ポスター発表もありましたが、垂れ幕にでも使えそうな大きな布に4題分をプリントアウトしてあったのですが、紙でなくて布なので、図や文字がぼやけていて、おまけにベトナム語なので、まったくわかりませんでした。

 聴衆はもちろんのこと発表者も座長も携帯の電源を切ることをせず、頻繁にタッタカター、と音楽がかかるのには閉口させられました。

 パスツール研究所にはいろいろお世話になっているので、今回義理で参加したわけですが、もう少しエチケットやマナーの向上に努めてほしいものです。

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2009年11月 9日 (月)

JSPSの研修開始

 D君のJSPSの研修として、土曜日の午前中からチクングニヤウイルスを蚊の体から分離する作業をGさんの研究室で一緒に始めました。もし運よく目的とするウイルスがD君が取っておいた蚊の中にいれば、一週間後に確認できます。ダメならもう一回やり直しです。土日はこの作業と別の試験で卵の観察をするのとで半日つぶれました。

 GさんはもともとNIHEのウイルス研究室にいた方で、かなり実績のある方らしいのですが、室長のMさんと折り合いが悪く、今年に入ってから教育・研修室の室長になりました。D君は医動物研究室の室員なのですが、病原体の検出に興味があって、Gさんに指導教官になってもらっています。私としては、Gさんとこれからいい仕事をしていきたいですし、一方でウイルス室のMさんともうまく付き合っていきたいので、そこら辺は気を配っていくようにします。

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2009年10月23日 (金)

英語のできない新人に手を焼く

 昨日からハノイで蚊の調査をしています。今回は私以外は女性です。私とチームを組んだ相手は一月ほど前に入った新人なのですが、ほとんど英語ができません。今日は仕事の途中で停電になり、何より先に昨日仕掛けたBGトラップを回収しようと彼女に伝えたのですが、わかってもらえません。今日ラボに残っていた人に彼女が電話をかけて私と代わってもらったのですが、彼の英語も前からイマイチなので、さっぱり伝わりませんでした。もう片方のチームにも電話をしたのですが、これも伝わりませんでした。

 お昼に明日の予定を伝えたときに現地を案内してくれる保健所の女性の名前が出たのですが、そういうときだけは皆異常に勘を働かせます(頼むから仕事でもっと気を配ってくれ)。

 仕事を終えてNIHEに戻った後で、英語のできるスタッフに私の英語をベトナム語に通訳してくれるようにお願いして、今日のパートナーに調査の注意点について説明しtもらいました。現地で案内してくれるおじさんをあまり先に行かせない(うちらが着くのを待てずに家の人がトラップのコンセントを抜いてしまうでしょ)、訪問した家の人からチェックを拒絶されると頭から決めつけないで、うまく説得する(最初からあきらめてどうすんの)、などなど。

 明日もう一日がんばります。

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2009年10月18日 (日)

やる気のないSを切り捨てする

 やっと、南部のフィールド調査が終わりました。今日はホテルのサウナで1時間近く汗を流してからマッサージをしてもらいました。

 これまでは南部のフィールド調査にはNIHEからS君がついてきたのですが、今回で辞めてもらうことにしました。Yさんからサンプルなどの荷物を持ってハノイからホーチミンまで往復するのは大変だろうからというのでつけてもらったのですが、ホーチミンで次の仕事があるから残る、となると彼に来てもらう意味がないのが第一の理由です。

 第二の理由はこのプロジェクトに参加してほしくないと感じたからです。フィールドから帰ってもいつも後の処理がいろいろあるのですが、最低限のことしかしません。Yさんは前回S君に手伝わせていいと言ってくれたのですが、仕事を頼むとパスツール研の人に頼んで先に帰ってしまったり、なるべくサボって私やパスツール研の人にやってもらおうとします。同じくらい能力のある人材がホーチミンにいるのにハノイからの往復の旅費とホテル代を出すのが馬鹿馬鹿しくなりました。仕事が嫌なんだ、と感じざるを得ません。BGトラップの網が破けて蚊がいなくなっていると、自分の仕事が減ったと喜んだり、とにかくやる気がないのを見せつけられると自分は腹が立ちますし、周りの士気にも悪い影響がかかってくると思いました。

 自分は厳しすぎるのか、S君はどう受け止めるか、ここ数日考えていました。いつかS君が変わるのを待ってそれまでは我慢してこのまま続けるか、S君を切り捨てて自分の仕事を少しでもよくする方に力を注ぐか、どちらを選ぶかという段階まで頭の中を煮詰めたら、私の答えは決まりました。不器用でもせめて本人のやる気が見えればばこっちも待っていられますし、私の立場はそもそもプロジェクトありきです。

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2009年10月15日 (木)

疑ってすまないと思いつつ、Tien Giangの人達

 ようやくTien Giangでのサンプリングが終わりました。少し前に書きましたが、このサンプリングにはパスツール研の問題のある人が参加していたので少し不安がありました。

 昨日、彼の作成したデータシートをパソコンに入力していると、どうもチェックしているはずの容器の数が少ない。Tien Giangというのは田舎で、皆家の周りに水がめや防火用水みたいなコンクリートタンクに雨水を貯めています。2個というのは少なすぎます。

 どうするのか迷いました。前回あれほど文句を言ったのだから、たぶん、大丈夫だろう、と思いたいのはやまやまです。もし、実際に彼がきちんとやっていたらかなりプライドを傷つけるでしょう。今回一緒に調査している中で一番英語のできる人に、裏庭をちゃんと見ていたか、とか聞いてもらったのですが、ちゃんとやったという返事でした。さて、どうしたものでしょうか。

 いつもならNIHEから一緒に来ているS君とサンプリングをするのですが、結局、今日は疑いのあった人とまわりました。結果的には、きちんとやってくれていました。

 よっしゃ、わしはあんたを信じたる(なぜか関西弁)、と言いたかったのですが、サンプリングのレベルをどうしても上げておきたかったので、いやな役目だと思いながらも点検しました。

 一昨年、長崎大の博士課程のA君と初めて一緒に調査をしたときには、A君は人が悪いと思ったものです。でも、仕方がないです。言葉のコミュニケーションがうまくできないのなら、態度で示していくしかないです。心では疑って悪かったと思っていますが、彼には悪かったとは言いませんでした。とりあえず、角田と調する時にはごまかしできねえ、と思っていてくれればいいです。

Rimg0003_2 Tien Giangから帰る途中で、運転手の人が突然車を止めました。彼は車を降りて後ろへ歩いて行って、なにか動物を持って歩いていたおじさんのところに行きました。

 蛙のくしざしを持っている運転手さん。後ろで槍みたいなのを持って裸足でいるのが蛙を仕留めたおじさん。

 結局、運転手が8万ドン(約400円)で買って行きました。

Rimg0002_2  勉強中のベトナムの女の子。私の故郷は群馬の田舎です。小学校の時に担任の先生が、妹を背中におぶってお風呂(薪で沸かす風呂です)を沸かしながらその火で教科書を読んでいた女の子の話をしたことを思い出しました。

 写真の子はチョークのようなもので床に英単語を書いてはぼろ布で消し、時々ハンモックを揺すって寝ている妹か弟をあやしていました。

 昭和30年代の日本がここではまだ残っています。

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2009年10月 7日 (水)

ウイルス研修

 土日にハノイに戻って、ダウンロードしておいた文献のプリントアウトや11月に日本にJSPSの研修に行くDと打ち合わせをしました。今回はできるだけNIHEでウイルスの専門家のGさんから指導を受けてから、一週間程度日本で研修受けるように取り計らったのですが、幸い長崎からOKが出ました。ちなみに私もDをサポートする形でチクングニヤウイルスの実習を一緒に受けます。 

 パスツールでのデングウイルスの研修は今日でどうにか終わりました。残念ながら、今回持って行った蚊のサンプルはすべて陰性でした。さあ、明日から自分でウイルスの検出をやりなさいと言われたら、固まってしまいそうですが、徐々に自信を持てるようにします。

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2009年10月 1日 (木)

ホーチミンでの仕事といらいらした通勤

 朝8時にパスツール研究所に行って、細胞を培養したりデングウイルスを検出する作業をして、お昼にホテルに戻って休憩を取り、午後から再び研究所で仕事をして、4時半頃に仕事を終える毎日です。新しいことを覚える毎日なので結構時間の経つのが早いです。夜は割と暇、と言いたいのですが、来週までに科研の申請書を書かなければいけないのでノンビリはできません。

 ずるずる先延ばしにいていた原稿を一つ今日の夕方にやっと書き上げました。一晩寝かせて明日見直した後共著者の人にメールで送るつもりです。本当は去年書きあげておくべき論文ですが、少し肩の荷が下りました。

Rimg0004_2  宿泊先のホテルから研究所までは歩いて5分なのですが、道路工事をしているため、朝、昼、夕のラッシュ時には非常に混雑します。写真の道路は一方通行で、道路の半分はトタンのようなもの(写真右側)で塞がれています。真ん中の木から右がバイク、左は歩道(レンガが敷かれている)なのですがお構いなしにバイクが通ります。いらいらしながら朝、昼、晩にここを歩いて通っていましたが、今日やっと工事が終わって道がすいていました。

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2009年9月28日 (月)

ホーチミン三週間出張

 サッカーは前回の乱闘事件でミーディングランド使用禁止令が出たのですが、ベトナム語の堪能なキャプテンのおかげでなんとかまた試合ができるようになりました。試合は2対0でベトナム人チームに勝ちました。しかし、このところ全く走っていなかったので、私はボロボロでした。

 試合が終わって速攻でアパートに戻り、研究所に行って蚊の卵の観察をして、ホーチミン出張に必要なサンプルと試薬をアイスボックスに入れて、またアパートに戻ったら待ち合わせのタクシーの来る30分前でした。仕事をしている間にやっておいた洗濯物を取り込んで、荷物を点検していたら、もうタクシーが来ていました。

 ホーチミンのいつも泊っているホテルに着いたら、泊るはずの部屋の窓が全開になっていました。空気を入れ替えていたんだ、と思って、窓を閉めようとすると、絨毯もベットもびしょびしょでした。

 窓の外は雨、雨が降ってるー(雨の物語 by イルカ)。古い歌ですみません。

 部屋を取り替えてもらって、試合の後に飲まなかったビールを今飲んでいます。明日から三週間、蚊からデングウイルスを取り出す方法を教わって、車に揺られて蚊を取りに行きます。

 

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2009年9月17日 (木)

ジョイントフォーラム二日目

 今日は各拠点の代表者が自分たちの仕事の内容を紹介しました。我らがベトナム拠点はY教授が紹介しました。拠点を比べると、一番規模のでかいのが阪大のタイ拠点で日本人スタッフが十人くらい、それに同じくらいのタイ人スタッフがいるようです。その他の拠点は日本人が三人とかで、ベトナム拠点は規模でいったら中間くらいでしょう。フランスの本家本元のパスツール研究所からPBさんが参加していて、世界のパスツール研究所のネットワークとアジアにおけるパスツール研究所の歴史について講演をしていました。新たにラオスにも60人程度のスタッフが務める研究所を建設中だそうです。日本でも昨年、東北大学がフィリピンに、北大がタンザニアに海外拠点を作りました。昔はバイタリティのある研究者が個人的に海外に乗り込んで開拓していったようですし、実際、長崎大のベトナム拠点とケニア拠点は先人の苦労があったからこそここまでになれたと思います。まだまだパスツール研究所程ではないですが、日本も世界各地に研究拠点を広げつつあります。

 ポスターは何人かの人が見に来てくれました。新しい人と知り合いになれたのが何よりよかったです。

 夜のバンケットは途中で抜け出して、市場の二階にある食堂でトムヤンクンとカキの卵とじ、カニみその料理を食べました。どれもはおいしかった。私自身はポスターの準備でいっぱいいっぱいでなにもリサーチしていませんでしたが、今回の学会はかなりバンコクについて予習をした人が同行してくれるので助かります。

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2009年9月 2日 (水)

昨年度のプロジェクトの検討会

 水がめに蚊の忌避剤をつけた蓋をすることでデング熱の患者減らそうという、昨年度のプロジェクトについての検討会をホーチミンのパスツール研で行いました。日本からわざわざKさんも来て、蚊の数の変化、住民の抗体価の変化などを討議しました。私はBGトラップで捕えた蚊の成虫について解析したのですが、蓋をすることで特に変化はありませんでした。一方、統計処理の方法に間違いがあったので今の時点ではっきりとは言えませんが、水がめを含めた容器にいたボウフラと蛹の数については違いが見られそうでした。これについては、後で解析し直します。住民の抗体価については蓋をすることで子供には効果がありそうだったのですが、いかんせん、サンプル数が少なくて、統計的な差は出ませんでした。とりあえず、なんとか一報は書けそうだということでKさんと納得しました。

 会議の後、ホーチミンパスツール研のウイルス部長のHさんに、蚊からのウイルス抽出について教えてもらえないか頼んでみたところ、快諾をいただきました。この返事を聞いてまたほっとしました。

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2009年8月27日 (木)

検討会とバンコクでの発表が近づく

 NIHEの公用車が使えなかったので、タクシーで現場に向かいました。出だしから躓きましたが、仕事もトラップを仕掛けるのを断られたり、花瓶や雨水を貯める容器が一つもない家が続いたりして、結構大変でした。私は汗っかきなため、チームで人一倍汗をかいていたので、いくつかの家では作業中に扇風機を回してくれました(感謝)。

 しかしながら、時間がかかった割には、あまり件数は増えませんでした。

 昨年度のタンチャン調査の際のトラップで採集した蚊の同定が今日の夕方やっと終わりました。先週から時間を見つけては地味ーな、作業を続けてきたのですが、金と労力の割には結果は今一つでした。ともかく来週のホーチミンでの検討会には間に合いそうです。

 一方、来月のタイでのポスター発表の準備はまったく進んでおらず、エントのYさん、その上のHさんから、準備はできたか、と、しょっちゅう尋ねられています。こちらも、そろそろデータ解析を終了し、デザインを考えなければなりません。

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2009年8月26日 (水)

食事もそこそこで野外調査の後始末

 今日は、ハノイ市内での野外調査でしたが、朝早かったので慌てていたせいか、携帯電話を持っていくのを忘れました。調査中は、ベトナム人同士で携帯を掛け合って、間接的に私の相方が別のチームの伝言をいつも伝えてくれるので不都合はありませんでした。

 ただ、不思議と野外調査に出かけると、フレラボの日本人スタッフからお昼のお誘いがあるので、今日もあったんじゃないかな、と予想していました。

 調査を終えて、昼頃にNIHEに戻ると、Y教授が玄関のところにいて、まさにフレラボのスタッフが日本から来たお客さま達と出かけるところでした。私も食事に誘われたのですが、30度を超える暑い中、一緒に仕事をしてくれたエントのスタッフに申し訳ないので、断りました。後片付けもありましたし。フレラボの人たちは「チャ・カー」(鍋でナマズと香草を炒めて、それとピーナッツ、たれを春雨にかけたもの)を食べに行ったそうです。私達はいつもより3000ドン(17円くらい)高いNIHE食とオレンジジュースでした。

 食事をさっさと済ませて、記録用紙を見ながら幼虫と蛹を実験室の容器に移して、明日の準備なぞをしていたら夕方になっていました。来週、ホーチミンで昨年度の野外調査の結果を報告しなければならないので、皆が帰ったあと一人残って、まだ同定し終わっていない蚊のサンプルを処理したら、夜の8時でした。

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2009年8月22日 (土)

ベトナム航空のカップでボウフラ観察

 ボウフラで実験をする時に、透明なコップで死亡や孵化などを観察するのですが、これがベトナム航空の機内サービスでジュースや水をもらう時のコップなのです。ホーチミンやバンメトートに行く時につい癖で、時々コップを掲げてしげしげと中に何かいるか見そうになります。

 この前、ボウフラの実験をするので、200個のコップを新しく注文してもらったのですが、やっぱりベトナム航空コップでした。ま、いいのですが、使用済みのを再利用してあるらしく、ひびが入っていたり、オレンジと思われる果肉がこびりついていたりします。これにはさすがにエコロジストの私でも、いい加減にしてくれ、と言いたくなりましたが、詮方なく、しこしこと使用前に洗って使っています。

 今日は土曜日なのですが、再来週に昨年度のタンチャンでの試験結果の報告会があるので、まだ終わっていない蚊の同定を終わらせるために、NIHEで仕事をしています。午後に何度も停電し、その度にエアコンが切れるので、実験室と飼育室のエアコンをつけに行きました。この夏の暑さで、空調が入っていないと冷凍庫は故障しますし、虫は死んでしまいます。今日自分が来ていなかったら、どうなっていただろうと、考えてしまいました。

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2009年8月12日 (水)

調査の折り返しでいくらか疲労が蓄積

 ベトナム南部での調査も8月分は折り返しです。朝5時半出発は、いくら車の中で寝られるとはいえ疲れます。車の中ではベトナム人スタッフがベトナム風コントのDVDを見ていて、考え事しようにも変に音が気になってしまうので、こちらは自然と目を閉じてしまいます。

 現場では、しつこく、あれやったか、これをし忘れていないか、とスタッフに指示をします。私から見ると、ベトナム人スタッフの仕事ぶりは、なんと言いますか、楽をしたがりで、雑なのです。早く終わらせたいのはわかりますが、雑なデータや情報が抜けたデータはかえって害なのです。

 最近、独り言をいう以外、日本語を話していません。今回の調査に来て日本語で会話をしたのは、調査に行った家で日本に研修に行ったことのあるというその家の息子から話しかけられたときだけです。彼は私と話したそうでしたが、このときも先を急いでいたので、ゆっくり話しませんでした。

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2009年8月11日 (火)

ホーチミンでも日曜出勤

 日曜日は朝9時からパスツール研で羽化した蚊をチューブに移して凍結させたり、データを入力して過ごしました。結局、夜の8時までかかってやっと作業が終わりました。この間、日曜日なのにTさんにずっと付き合ってもらいました。本当に頭が下がります。

 彼女はうまくいけば来年からオーストラリアに留学するかもしれません。いいことですが、こちらの仕事にとっては大きなマイナスです。なにせ何人かは片言の英語が使えますが、細かいことになるとさっぱり意思の疎通ができないので、Tさんに電話をかけてパス研のスタッフに説明してもらうことが多いのです。そういうこともあるので今のプロジェクトは今年中に軌道にのせたいです。

 先週はサッカーは休みました。今週は土曜日までフィールドで調査で、土曜の夜に帰る予定だったのですが、無理そうです。今回は蚊の数が多く、持ち帰るサンプルの数が先月より多いので、日曜まで蚊の世話とデータ入力をしなければなりません。

Rimg0034_3  調査の途中で休憩した時に飲んだジュース。なんでもいいから、あっ、それでいい、とお店のおばちゃんに頼んだら出てきました。ミランダって昔日本にもあったような、なかったような。中学の時に部活の帰りに飲んだジュースの味がして、懐かしかったです。

 店にずっと置いておいたのか、栓の部分がさびていました。

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2009年8月 8日 (土)

M教授を案内しながらの南部での調査

 一昨日からホーチミンのパスツール研究所に来ています。今回も毎朝6時に出発して現地に向かい、蚊を採集しています。前回に比べて今回は蚊の数が多く、午前中いっぱいかかっています。その結果、ローカルのスタッフと一緒にお昼を食べることになり、昼から酒を飲んでいます。午後からまた仕事をするので、大変です。帰りの車中でしっかり寝て、パスツール研究所に着いたら、採集したサンプルを移す作業を夜8時くらいまで行います。とにかく忙しくて、昼間はメールを見る暇もありません。

 今回はM教授もハノイから私と一緒に移動して来ました。彼は机に座っているよりも現場が好きであるそうなので、サンプリング調査を喜んでいたようです。また、調査現場の様子を生で感じてもらえたので、当初の目的は果たせたと思います。彼はこの二日間、頻繁にケニアとの違いを口にされていました。ケニアに比べればベトナムの労働条件はかなり恵まれているそうです。

 私は別に隠してもしょうがないので、いつもどおりに仕事をしています。パスツール研のLさんから提案された野外調査の結果はいま一つですが、これは明日の結果を待ってからディスカッションしようと思います。

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2009年8月 5日 (水)

新しいボス

 新しいボスが土曜日にハノイに来てから、食事をした時とか、現場に向かう車の中で今の仕事の内容を尋ねられました。そして、今日の午後、ダメ出しをもらいました。私の予想に至るまでのステップが多すぎるし、あまりにもリスクが高すぎるというのが理由でした。

 その後は、これを読めという論文が次から次へとメールで送られてきました。助教にもなって恥ずかしいのですが、こんなのは、学生の時の指導教官以来でした。

 これまでは、マダニについてある程度勉強と経験を積んでいたので、これといった指導も受けず、任せられていました。しかし、蚊をほぼ一から始めるとなるとかなり勉強しなければなりません。なにせ、1902年ロナルド・ロスが第2回ノーベル医学賞をマラリアの研究で受賞してから100年以上、いろんな人が医学に絡めて仕事をしてきているので、文献の量はマダニの比ではないです。10年かかってようやくマダニの研究の最先端というか概略が見えてきたので、言い訳かもしれませんが、蚊の研究の概略がわかるのには時間がかかるのはやむを得ません。

 しかし、これ読んどけ、この人とコンタクトをとれ、と上から指示をもらえれば、かなりの無駄が省けると思います。

 正直、売りと思った部分でダメ出しをくらった時には、途方にくれて、メールの返事も出したくなくなりましたが、もう一つのテーマをやっていけば多少は結果が出そうだ、ということで合意を得たので良かったです。仕事を始める前とか最初の段階で批判されるのは、ずっと何も指示をせずに後になってから、どうしてやっておかなかったんだ、とケチをつけられるより、よっぽどいいです。

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2009年7月31日 (金)

ニャチャンでの調査

 ニャチャンから今日戻ってきました。滞在先のホテルのネットの接続が最悪で、更新ができませんでした。

 仕事は、初日からつまずきました。NIHEから先に来ていたS君がサンプル管の番号の確認をせずに処理をしてしまい、ニャチャンパスツールの人にも、あれほど事前に蛹と幼虫を分けてサンプリングしてくれと言っておいたにもかかわらず、混ぜて採集されてしまいました。

 二日目は調査は無事終わりましたが、今週末突然ベトナムに来ることになったM教授のホテルや車の手配で関係者にメールを出すのが大変でした。

 調査は午前中に3チームに分かれて家々を回って花瓶や空き瓶に発生するボウフラと蛹を取らせてもらい、ついでに一晩トラップを仕掛けさせてもらって成虫を採集します。午後は取ってきたボウフラを大きめの容器に移し、蛹は採集した場所、容器ごとにアイスクリームカップに移します。幼虫と蛹は成虫になった段階で種を同定します。それから、トラップで採集した成虫も同定します。だいたいこのような作業をしているといつの間にか3時くらいになります。5時には皆引き上げるので、それまでにメールの返事などを済ませました。

 ホテルに戻ると、すぐに海パンにはきかえて50メートルほど離れたビーチに行って、1時間くらい泳いでいました。

 これまでの調査や研修だと誰かの誘いがあって飲み会になるのに、なんとなく物足りないなあ、と思ったりしていました。ところが、最終日の朝、相手先のベクターコントロール部門の部長さんからお昼のお誘いがありました。最初は、バンメトートの飲みに比べれば、どうってことない、と余裕でしたが、なんとなく人のよさそうな、お酒の好きそうなおじさんに気に入られ、ついつい飲みすぎてしまい、午後からヘロヘロの自分に鞭打って仕事を再開しました。

 明日以降の作業を伝えて、どうにか仕事をやり終えてホテルに戻ったところ、S君から部長さんはじめ皆が待っている、との呼び出しを受けました。部長さんの車でビアホイに行き、ここでまた飲まされました。

Rimg0007_2  ニャチャンのパスツール研究所からのオーシャンビュー。すぐ目の前に空と海が広がっています。仕事したくなくなるなあ。

Rimg0017  お昼に食べたウニ。たれとわさびを少し入れて、スプーンでかき混ぜて食べました。今の時期にしか食べられないそうです。今までベトナムで食べた海産物の中で一番美味かった。夜にはエラコを唐辛子で炒めたのを食べました。部長さんは精力剤だとか言っていました。学生時代、北大の臨海実習では材料にした動物はすべて食べるつもりでしたが、最終日のエラコだけは食べませんでした。20年後にベトナムで食することになろうとは思いませんでした。

 でもって、エラコが原因というわけではないと思いますが、二次会の途中で席を立って、道端のドブの前にうずくまり、、、、

 汚水とともにエラコも海に戻っていきました。

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2009年7月25日 (土)

忙しいサンプリング、そしてカステラ

 成田からハノイに戻ってきたのですが、千葉のビジネスホテルで12時チェックアウトをするまでに千葉そごうでお土産を買い込みました。それから、千葉駅のコインロッカーで荷物を置いておいて、市内をぶらぶらしようかと思っていたのですが、コインロッカーがふさがっていたので、ぶっらぶらするのをあきらめました。全部で47キログラムの半分は本と雑誌でしたが、重くて重くて。紙は束になると重いです。かえって服の方が軽かったりします。たぶん私の荷物を盗む人はいないと思いましたが、それでも盗まれたら取り返しのつかないものもありましたので、2時間くらい千葉駅で時間をつぶしてしまいました。案の定、空港で22キロオーバーで6万円取られました。

 翌日からずっと炎天下のハノイ市内で蚊を取りました。朝の7時に職場を出て、昼過ぎに戻るのですが、もうへろへろで、それからまた蚊を仕分ける作業があるので、夜になるとぐったりです。サンプリングの案内をしてくれるのは現場の保健所の保険婦さんなのですが、人によって苛つくこともありますし、サンキューソウマッチ、と言うときもありまして、本当に疲れます。私がベトナム語でコミュニケ-ションがとれないので、いくらかは私の責任もあると思います。とりあえず、ハノイにいるのは1週間で、来週からニャチャンです。

 夜は(ありがたいのですが)連日お誘いがあって、家に帰るとブログを更新することもままなりませんでした。

 長崎土産で福砂屋のカステラをサッカー仲間に買ってきたのですが、もう賞味期限が切れかかっていたので、しょうがなしにエントのベトナム人スタッフに3時のお茶の時間にだしてしまいました。私も一切れ食ったけど、あっという間にスタッフが食っちまいました。なんだかんだゆってこっちの生クリームでないケーキと比べたら福砂屋のカステラの方がうまいです。MKさん、OMさん、KTさん、そしてIMさん、また次の機会に期待してください。 

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2009年7月12日 (日)

研究の準備とベトナム式じゃんけんに勝つ

 感染実験をするにあたって必要な装置の見本が届きました。それを見ながらエントのYさんと話し合って、手を入れる部分の内側をプラスチックでなくて女性のパンストにする、あとはできたら反対側にも手を入れる部分を取り付けるように業者の人に頼みました。試作品は100ドルで、2個目からは85ドルなので、全部で3個注文しました。

 さらに、実験室の一部を区切って感染実験専用のスペースにするために改修工事が必要になります。この費用が約17万円ほどかかるそうです。これもこちらが捻出しなければなりません。こういうお金を捻出するにはどうすればよいか、夜、Y教授と最近できた某日本料理屋でミーティングを行いました。さすが、どのようにすれば事務的にすっきりするか、良い知恵を授けてくれました。

 そして、台湾に留学していたD君からマーキングリキャプチャーの調査を一緒にやらないかと誘いを受けました。彼は、私が昨年バッチャンでこの調査を行って、さらに中国でもすでに行っていると勘違いしていました。バッチャンでは蚊を放飼する前に失敗しており、2回目は私が入院するはめになりました。ちなみに中国の論文にはTsudaと書かれていました。

 彼のプロトコールを読んでいて、なんとなくどこかで聞いた地名だと思ったら、私の調査地でした。直線距離で300mも離れていないので別の場所にしてもらいました。

 最初、私の調査地を変えろ、とか言っていたのですが、私は先月から実施しているわけですから、私が変えなければならない理由はありません。そう主張すると、じゃんけんで決めようと言ってきました。ベトナムにもじゃんけんがあるのですね。ただし、チョキは人差し指一本でした。ルールは日本と同じです。

 冗談じゃない。俺が正しいのに、負けたらどうすんじゃ。

 サッカーのボールじゃんけんの時は3回に1回くらいの割合で負け続けてボールお持ち帰りになるのですが、今日の私は強かった。勝ちました。

 正義は勝つ。

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2009年7月 8日 (水)

Dong Nai調査の保健婦さん

 昨日からホーチミンのとなりの県のDong Naiで調査をしています。ここは比較的大きな工場が多くて、道も広くてどこも舗装されていて、裕福な県であるように見受けられました。実際、郊外の家を何軒か回ったのですが、どの家も新しく、庭もこぎれいで裕福な感じがしました。なんといっても、前の週のTien Giangのインパクトが強かったので、なおさらそう感じるのかもしれません。

 今日は、最初に郊外の家で蚊を捕えるトラップを回収した後、下町の家々を訪問しました。ごちゃごちゃしていて生ゴミの臭いが充満していて、3畳ほどのバラックに夫婦と子供3人が暮らしていたりして、昨日の郊外の家とはえらい違いでした。

 昨日はどう見ても70代のおばあちゃんが(実際には62歳でした)、今日はこれもどう見ても高校生にしか見えない女の子が(実際には22歳)道案内をしました。おばあちゃんの方はすでに保健所を退職していたのですが、元気にバイクを運転して通っているようでした。

 今日の方は本当は道案内だから我々より前を歩くべきなのですが、とぼとぼ背中を丸めてついてくるので、ちゃんと飯食ってんのか、と言いたくなりました。おまけに小さい声でぼそぼそ家の人に蚊の調査をしてもいいか、と尋ねるので、最初の家は拒絶されました。調査地域もきちんとわかっていないらしく、その家の近くで20分くらい我々を待たせて、近所の人たちに道を聞いていました。次の家も危なかったのですが、S君が代わりに調査をする意味について説明してくれたのでなんとか調査を始めることができました。そんなこんなで我々が予定の半分をまわったところで他のチームはすでに終わったようで、別のチームの保健婦さんがバイクで駆けつけてきてくれました。

 こちらの保健婦さんは、かなりシャキシャキしていたのですが、自分で懐中電灯を持って、ボウフラがいるかいないか、チェックを始めるような方でした。その仕事は我々に任せてくれ、と伝えたわけですが。

 S君と帰りの車の中で、今日のガイドは最悪だった、とパスツール研の人に話すと、問題ありそうだったけど若くてきれいだったので、ツノダだったら何とかすると思ってつけた、と言われました。

 冗談じゃない。あと10分調査開始を待たされたら、お前、帰れ、と言っていたと思います。

Rimg0009_2 鉄橋で川を渡る人たち。周辺に橋がここしかないらしく、電車が来ない時に皆ここを通っていきます。両岸に交通を制御する人が2人ずついて、車を順繰りに通します。手近にあるのだったらそれで間に合わそうというのと、橋の交通整理のために4人もの人が関わっているのが、いかにもベトナム的な感じがします。 

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2009年7月 5日 (日)

Tien Giangの歓迎と一人のパス研スタッフへの不信感

 昨日はTien Giang調査の最終日でした。いつもより30分遅れて出発したので、現場での仕事の開始も遅れて、9時過ぎから始まりました。何とか12時過ぎに予定の家をまわり終えて蚊を採集しました。

 でもここからが大変でした。

 保健所の副所長に昼食を接待されたのですが、ベトナム恒例の飲みでした。しかも料理は犬鍋とドジョウの煮たので、夏バテ気味の体調で、どちらかというと苦手な料理を食べるのは過酷でした。

 そして何かにつけて一気。じゃ、これで終わり(雰囲気から推定)、となった後で、何回一気したことか。かなり暑かったので、ビールはうまかったですし、あまり食もすすまないし、バンメトートの飲みに比べれば大したことないから、もっと飲んだろかと思いましたが、これから3時間のでこぼこ道を車に揺られてホーチミンまで帰るのかと思うと、万が一の粗相を想像してしまい、セーブしました。昨日、今日と一緒にまわった現地のおじさんは、こいつ飲める、と思ったのか、獣のような目でこちらを見て、犬肉をもっと食え、ドジョウも食え、もっと飲め、お店のおばさんにサービスしてもらえ、とけしかけていました。

 今までは他の人のプロジェクトに参加してこのような歓迎を受けてきたのですが、自分が主役のプロジェクトですと逃げ場はありません。体調が悪かったせいか、そしてほとんど英語が話せる人がいなかったせいか、疲れました。

 ホーチミンに帰ってから、データシートと採集したサンプルをチェックしました。前に問題のあったパスツールのスタッフの一人がこの日も参加していたのですが、彼のデータを点検していて、今回も不信感を持ちました。頭を冷やしてから、室長のLさんと話し合いたいと思います。

 

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2009年7月 4日 (土)

Tien Giangの夏空

 昨日からTien Giangという県で調査をしています。ホーチミンから60kmくらいの距離なのですが、道の半分は舗装がでこぼこでスピードが出せず、途中に川があって車ごと船で渡るので、片道2時間半から3時間かかります。朝は5時半出発です。

 来月から室内実験を始めるので、毎月南部にも来れません。必然的にNIHEから一緒に来ているS君にに頼まざるを得ないのですが、一緒に調査をしていると楽をしたがっているのがわかるので少々不安を感じます。自分に割り当てられた調査をするほかに、全体の管理もしてもらわなければいけないので、彼には今回見本を示しておかなくてはなりません。

Rimg0018_2  Tien Giangの空と雲。ハノイは一年中スモッグがかかったようなので、あまり空を見上げることはありませんが、南部に来ると、時折遠くの空を眺めます。子供の頃に海や川やプールや山で見た空を思いだすような夏空が広がっています。今はあまり郷愁に浸る間もなく、仕事に追いまくられる毎日です。

 

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2009年7月 2日 (木)

だんだん悪くなるBGトラップの質

 今回は南部の3つの県で調査をするわけですが、最初のBinh Du'o'ngでの調査が今日で終わりました。3人1組の3チームで3日間で80軒の家を回ってボウフラと蛹を採集し、そのうちの半分の家でトラップで成虫を捕まえました。

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 成虫の蚊はBGトラップ(真ん中が黒い色で周りが白い筒状の装置)を一日置かせてもらって捕まえます。本来ならこの中に蚊を寄せ付けるにおいを出す物質を入れるのですが、使い古した靴下のような臭いなので、家の中には置かせてもらえません。その物質を入れなくても、割と効率よくヤブカは取れます。こんなのが一台4万円近くもします。

 でもこのトラップの値段は数年間据え置きなのですが、買い足すたびにしょぼくなってきています。支柱は、折りたたみのスチールから安物プラスチックへ変わりましたし、黒い円筒の部分だけサイズが小さくなったのでそのまま中に落ちやすくなりました。電圧は100から220ボルトまで対応していたのが、120ボルトのみ対応となりました。プラグの部分がやけに重くなったので、トラップをしまう際に床に落として壊すことが多くなった気がします。

 4万円の値段の大半は特許料だと思うのですが、少し改良したモデルを見せてベトナムの安い人件費で作ったら、もう少し安い値段で買えるのにと思いました。

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2009年6月23日 (火)

本当に皆疲れたバンメトート

 土曜日は死んだコウモリ37匹、生きたコウモリ17匹からクモバエを採集し、日曜日は生きたコウモリ12匹から採集しました。どちらも午前中の割と早い時間に仕事が終わってしまったので、ホテルに戻って月曜日のジャーナルクラブの準備をしていました。ただし、土曜日の昼は例によってTIHEの人たちと飲み会になったので、午後はまったりとしていました。

 土曜の午後に秘書のTさんから日曜の帰りの飛行機が遅れるという連絡が入りました。機体の修理とか、ハノイ出発が遅れた、というのなら理由はわかるのですが、なぜ前日から明日は遅らせます、という一方的な通知が来るのか、わかりません。同行したウイルスのスタッフは別の旅行会社にチケットを手配したそうですが、そちらの会社からは何の連絡もなかったそうです。

 日曜の夕方6時までホテルに待機して、それからTIHEのスタッフと夕食をとりました。最初は、飲み物がウォッカしかなかったので、ビールも出してもらいました。例によってウォッカとビールで一気、一気。料理はそこそこ美味しかったのですが、衛生面はだめでした。おかれていた茶碗をひっくり返したらゴキブリがいて、指先ではじこうと思ったら、間違って牛殺しをしてつぶしてしまいました(涙)。

 8時にお開きになっても11時のフライトまでまだ時間があったので、ローカルのカラオケに行きました。それほど食べたわけではなかったのですが、一気が効いたのか、ここでダウンしました。1時間ほどソファーで寝て、それからトイレですっきりして、少し状態が良くなりました。

 10時過ぎにカラオケ屋を出て飛行場につきましたが、ここでまた30分の遅れが出たことが伝えられました。結局、ハノイに到着したのが1時半で、NIHEについたのが2時半でした。かなり皆疲れました。

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2009年6月20日 (土)

三回目のバンメトート初日

 H1さんからバンメトートに行く話が突然来て、今日から出張で三回目のバンメトートに来ることになりました。今日は帰国の準備とハノイで採集した蚊の世話でいっぱいいっぱいで、本当は免許証を取りに行きたかったのですが、月曜に延ばしました。

 今回は私も含めてナガサキ3名、NIHEのウイルス部門3名の合計6人で調査に行きました。4時20分にNIHEを出発、と、迎えにきたタクシーにどうやって乗るんか、と思ったら、助手席にH1さん、後部座席に4人、荷物と一緒にCちゃん、といういかにもベトナム式の移動で空港に向かいました。

 バンメトートに8時に到着。エント室長のTさんとドライバーのアグリ(似ているのでH1さんがあだ名をつけました)が迎えに来てくれていました。トヨタのランクルに8人が乗り込んで、ホテルに向かいました、と書きたかったのですが、そのままコウモリを取っている現場に行きました。今回は畑ではなくて、町中のスタッフの親戚の家の庭先にあるロンガンを食べに来るコウモリを取っていました。

 でも、当然、飲みながら、やっていたわけで。。。。

 そのまま、私たちも飲み会に突入。現地のスタッフの兄の家で、また、ウォッカみたいな酒を一気で飲みました。

 酒盛りの間に、1匹だけですがコウモリが取れていました。

 それからホテルに帰って、ゆっくりしようかと思ったのですが、アグリが下で待っているから降りてくるようにしつこく言われ(ダメダー)、近くのディスコに行きました。結局、H1さんはじめ皆を呼んで、ベンメトートの初日が終わりました。

 本当に、ここに来る時は体力が要ります。

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ハノイでの最初の調査が一段落

 ハノイでの蚊の調査は一応第一回目が終わりました。フイルムケースに入れて持ち帰ったボウフラと蛹を容器に移して、それから蛹が2、3日後に成虫になった時に種を判別、記録して、成虫飼育用のケージに移します。成虫に卵を産ませるところまで、とりあえず現地スタッフにやってもらいます。昨日、NIHEのスタッフに、「(成虫の餌の)砂糖水を作っておいてください」、と頼んだら、砂糖水の入った容器だけ持ってきてそのまま帰ろうとしたので、「違う、申し訳ないんだけど、ちゃんと給餌器を作って、飼育箱の中に入れておいてください。」、と、頼み直しました。この蚊の飼育とその後の感染実験が地味ですが、大変で、一番オリジナリティーのある部分です。

 調査自体は、大変でした。

 というのは、暑かったから。

 私一人だけ汗をかいていました。他のベトナム人たちは、さすがです、(日焼け対策なのでしょうか)長袖のシャツをまくっているのですが、汗をかいていませんでした。

 一応、NIHEのスタッフは訪問する家の人たちに、なぜ、このような調査をするのか説明しているようです(推定)。たぶん、訪問された家のおじちゃん、おばちゃんはわからないと勝手に想像するのですが、ナガサキiとかニャパとか蚊を取りに行った家のおばあちゃんに説明していました。

 その甲斐あってか、「天から来る水(たぶん雨水)は健康にいいのですか?」、と、ある家のおばあさんにNIHEのスタッフを通じて質問されたときは面食らいました。

 うーん。どう答えたらいいのだろうか。

 しばらく、ぐるぐる頭の中で考えた後で、「あまり、よくないと思います。」

 と、いっぱいいっぱいの英語で答えて、ベトナム語に翻訳してもらいました。

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2009年6月17日 (水)

新しい調査のスタート

 新しい調査を今日から始めました。本来でしたら昨日の予定だったのですが、ハノイ市の保健局の人が忙しいということで、今日になりました。

 集合場所のハノイ市南部の保健所に着いた途端にあいにく雨が降り出しました。打ち合わせをした後、いったん小降りになったので保健所近くの家から訪問して調査を始めると、今度は大雨になりました。私の日頃の行いがよっぽどいいのでしょうか。2軒目の家で1時間ほど雨宿りをさせていただいて、また小降りになったのを見計らって調査を再開しました。なんだかんだでお昼までに20軒をまわり、BGトラップを仕掛けました。

 明日はもう少し多めにまわりたいと思います。天気が良くなればいいのですが。

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2009年6月 2日 (火)

いろいろ出てくる、細かい課題

 新しい研究計画ですが、エントのYさん、フレラボのH1さんに原案を見せて相談すると、いろいろと突き詰めておかなければならない課題がたくさん見えてきました。現地での調査は今回が私にとって初めての場所だらけで、現場に行ってみなければわからないのが正直なところです。初回はなるべく多く調査地をまわってみたいのですが、もうすでに6月に入ってしまったので、あまり時間がありません。実験室でも蚊に吸血するところから手探りで始めます。なるべく人の血で、それもデング熱にかかったことのない人の血がいいと、共同研究者は言っていますが、そうすると該当者は必然的に私だけになります。

 冗談じゃない。

 なるべく業者から動物の血を購入して吸血させるようにしますが、それでも私にとって蚊では初めてのことなので、チャレンジです。

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2009年5月31日 (日)

論文の再投稿と計画の練り直し

 今月初めに投稿した論文が先々週に早々とリジェクトとなって戻ってきました。エディターからの返事には、専門に偏り過ぎているので、マラリアとか蚊の専門誌に投稿した方がよろしい、とコメントが付いていました。論文の書式は雑誌によって違うので、書式を修正して、今日、別の雑誌に投稿しました。内容はもう直しようがないので、ここでもダメなら、雑誌のレベルを下げて投稿していくしかありません。かなり疲れる作業ですが。

 仕事の方は、長崎のボスからのコメントを受けて、ここ数日間、新しいプロジェクトを練りました。木曜日までになんとか構想が立って、日本とベトナムの協力してくれそうな人にメールして、昨日はまる一日プロトコールを書きました。月曜日に、共同研究者の人達と長崎のボスに原案を示して、そこからまたたたきあげる予定です。

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2009年5月27日 (水)

とりあえず、あと10ヶ月

 もうベトナムに来て1年がたち、契約は残りあと10月10日を切りました。2年間で3報、しかもメインはベトナムでしかできない仕事。

 いざとなったら、周りの評価はなんでもいいから生まれてこい。

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2009年5月16日 (土)

どん底から少し前向きになりつつある研究テーマ

 ハノイでは最近、毎日深夜とお昼前後に雨が降ります。今朝、髭剃りを充電しようとしたらプラグの周りをダニが這っていました。たぶんコナダニでしょう。日本でも梅雨頃から発生します。とりあえず皆つぶしておきました。

 昨日の朝、日本のボスからメールが届いていました。アイデアに関しては可もなく、不可もなし、それよりもっとベトナムでしかできないような研究をせよ、と。

 正直がっかりしましたし、腹も立ちました。

 熱研を退官されたAK先生がNIHEとの共同の運営会議の際にMT先生に代わってこれからはハノイにやってきます。昨日の午後はAK先生に仕事の進捗状況を一人ずつ説明しました。私は今後の計画も話したのですが、AK先生から最後に、疫学的な観点からみて、私の証明しようとすることは少数派であるから、そこを打ち破るのにどうしたらいいのか、考えた方がいいと指摘がありました。

 確かに。それには実験室での結果と現実の病気の流行という現象が結びつくような研究もした方がいいかもしれません。

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2009年5月15日 (金)

悩む研究テーマと教授からのプレッシャー

 今年度行う研究計画について考え込んでいるので、ここのところブログの更新が滞りがちです。今年に入ってからずっと考えていて、科研の申請がだめだったのでさらに突き詰めて考えるようになりましたが、今月に入ってからようやくアイデアがまとまりつつあります。最近はいつも研究テーマについて考えているせいか、フレラボのベトナム人スタッフからは、シリアスに見えるけど、何か悩みでもあるの?と言われます。

 私の個人的な意見で、何度かブログにも書いてきたかもしれませんが、よい研究、よい論文イコールよいテーマに尽きます。逆に言うと、テーマが小賢しいとアウトプットもしょぼい気がします。研究はやってみないとわからないところがありますが、論文を一本書いたらそれっきりあとが続かない、あるいは金太郎飴のような続編しか出ないような研究は最初からやらないに越したことはありません。ともかく私なりに納得のいく結果を出したいので、新しい研究を始める前はいつも悩みます。

 とはいうものの、自分なりに練って、面白いと思ったアイデアもインターネットで論文を検索していくと、すでに誰かがやっていたなんてことはしょっちゅうですし、新しい材料や現象、技術を勉強するにはかなり時間がかかります。大学だったら指導教官が自分のこれまでに蓄積してきた経験と知識を学生、院生に助言するものですが、そもそも今となっては自分が教官なので自分でやっていくしかありません。

 北大の院生の時の先輩にはテーマから材料になる動物を決めていた人もいましたが、自分の場合は材料になる動物が限定された状況がほとんどで、そこから他の生き物にはないような特徴を見つけて、テーマを決めてきました。教科書や有名な論文を勉強してからテーマを見つけるやり方は正直カッコいいなと思ったこともありますし、一時期自分もそのようなやり方を目指したこともありましたが、無理でした。この年になっても、病気と蚊、という制約の中でテーマを見つけられるかどうかもがいています。

 今日の昼間、日本のボスのTG教授から今年度の研究費についてのメールが来ました。昨年並みという内容にほっとしましたが、最後に、2年間で最低3報です、とまたまたプレッシャーをかけられました。去年は2報でいいぞ、と言っていたのに、何で増えたんだ?まあ、そこのところは飲み込んで研究テーマについての伺いを兼ねた返信を出しておきました。

 

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2009年4月22日 (水)

バンメトート調査その一

 昨日からバンメトートに来ています。昨年の7月の時と同じでフレラボのHBさんのコウモリ調査に便乗して、コウモリに寄生するダニとクモバエを採集しに来ました。あいにく昨晩は雨だったらしく、コウモリは全く取れませんでした。しかし、昼間に打ち合わせに行った保健所の屋根裏にコウモリがたくさん住みついていました。なぜか知りませんがバイタクのおじさんが屋根裏に登ってコウモリを5匹捕まえて降りてきました。

Rimg0005  屋根裏に上がったバイタクのおじさんの写真を撮ろうとしているHBさん。最初は何とも感じなかったのですが、コウモリが逃げ回っていたせいか、じきにきつい動物臭が漂ってきました。その後で、コウモリの住む洞窟に行ったのですが、かなりコウモリ臭がわかるようになりました。

 昼食はもちろん飲み会になりました。アルコールはビールだけだったのですが、いつもながら昼間の酒は効きます。さきイカみたいな状態の豚肉とゆでたゴーヤを混ぜてそれを醤油に浸けて食べたのがなかなかうまかったです。サツマイモの葉と茎を茹でたのは少しねばっとしていて、個人的には嫌いかも。夕食はHBさんの希望でベジタリアンレストランにしましたが、昼飯がまだかなり残っていて、食が進みませんでした。

 それにしても3時から普通に今後の打ち合わせをして、HBさんはパワポでこれまでの結果とこれからの計画を英語で発表したのですから、たいしたものです。私は、もしできるなら毎月コウモリを捕獲した時に外部寄生虫の調査をさせて下さいというのが精いっぱいでした。

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2009年4月10日 (金)

持つべきは友

 だめだった、と思っていた研究費でしたが、通っているという情報を昨日聞いて、念のため日本の事務に問い合わせのメールを出しました。確認しましたが、残念ながら名前はありません、との回答をもらって、今日の午前中はへこんでいました。

 今回の研究費の申請では、大学院のときの友達にかなり助けてもらいました。彼は、動物の移動や分散をDNAマーカー(警察の鑑識がDNA判定をするときに使う方法です)を用いて調べた人で、分子生物のテクニックに疎い私は計画の段階で彼からかなり意見をもらいました。彼に今日、だめだった、というメールを出したのですが、まだまだ足りない部分があったのだからここで仕事を始めて途中で頓挫するより、もっと詰めて次回に賭ければいいじゃないかと、返事が戻ってきました。

 たしかに。次回の申請まであと半年ありますが、現場を下見したり、室内で実験をしたり、やるべきことは山ほどありました。

 

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2009年4月 8日 (水)

助成金の落選

 科学研究費(科研)の審査結果が今日わかりました。今回も落ちました。一週間前にも別の助成金の結果が、ベトナムにいたためかなり遅れてわかりました。こちらの方が自信はあったのですが、だめでした。

 どちらも新しいテーマへのチャレンジだったので、だめもとの気持ちもありましたが、落ちたら落ちたでやはり落ち込みます。次の応募までにアイデアを練り、業績を増やしておきたいと思います。

 ところで、今の時点でブログへのアクセスが9999件です。1年半近く、最初は毎日5件前後、ベトナムに来てから20件前後の方がこのブログを見ていてくれます。やめたほうがいいよ、という意見もあったりしますが、このブログは、定職につけていないポスドクやオーバードクターや院生の慰めや息抜きに、それから昔からの知り合いに元気で生活しているよー、とメッセージを送る意味で、もうしばらく書き続けます。

 ところで、1万件目の方、特に記念品は渡しませんが、コメントください。

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2009年3月21日 (土)

プロジェクト終了前の飲み会

 ベトナム南部でのプロジェクトの最後のミーティングをするためにホーチミンに来ています。今回のプロジェクトは失敗かもしれません。「かもしれない」と書いたのは、研究のゴールはどれだけインパクトのある論文をどれだけ多く書いたか、ですから、現時点では最終的な結論が出ていませんので。けれども、お金と労力がかかった割には実りが少なかったです。それはひとえに自分たちの計画が悪かったからでしょう。

 最後のミーティングの前に最後の飲み会をしました。珍しくTRさんもお酒をたくさん飲んでいました。

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2009年3月 3日 (火)

ジャーナルクラブでの発表と次年度のプロトコール

 今朝はフレラボでジャーナルクラブがあり、私の順番だったので、早めに起きてスライドを練り直してから研究所に向かいました。こちらに来てからためていた、蚊についてのおもしろそうな文献から、4月以降に自分が行う研究に比較的近いテーマの論文を紹介しました。幼非常に難しいけどなくてもストーリーがわかる部分は端折って、さらに重要なセンテンスはそのままスライドに載せました。本当はキーワードだけスライドに入れて後は自分の言葉で説明するのが一番いいのでしょうが、英語でのプレゼンですし、おまけに他人の研究なのでいまいち実感がつかめませんから、文章を読み上げる方がやりやすいのです。今日は発表の途中で適度に突込みが入ったので、こちらとしては説明しやすかったです。

 プレゼンの後で、HBさんとUCさんに共同研究者として私の研究計画について相談にのってもらいました。打ち合わせをする前にHBさんから、Y教授にUCさんのことについて伺いを立てておいた方がいいよ、と言われていたのですが、UCさんも私も大して気には留めませんでした。私が作ったプロトコールを元にいい感じで打ち合わせが終わったのですが、念のため、午後にY教授にUCさんに共同研究者として参加することについて伺いを立てたところ、NO! UCさんから分子生物学の技術を教わりたかったのに、ヒー、がっかりです。これから大変だ。

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2009年2月14日 (土)

最終日のトラブルとロンアン省調査への同行

 ホーチミンのホテルのインターネットがつながらなくなり、しばらく更新できませんでした。

 南部での調査では、いろいろとトラブルがありました。まず、前日の調査で私とTNさんが記録用紙をチェックしたときにかなり記入ミスがあったので、たぶんTNさんからきつく注意されたのでしょう。一緒にボウフラ調査にまわったベトナム人スタッフが記録用紙への記入でかなり混乱していました。それから、トラップを回収できなかった家が1件だけあったのでパスツール研のスタッフの一人に残ってもらって、午後に回収してもらいましたが、その彼がパス研に戻らずに自宅にそのまま帰ってしまったのにはがっかりさせられました。すぐ冷凍しなければならないのでドライアイスを持たせてあるのに、まったく責任感がありません。仕事に関して心配な人だったのでTNさんに夕方電話してもらったのですが、パス研に来たくない、という、お前金もらっとるんだろが、といいたくなる返事が戻ってきたらしいです。結局、彼はその日は来ませんでした。

 去年大学院生のAT君と調査したときのように、日本人スタッフとベトナム人スタッフがマンツーマンで仕事をやらないとむずかしいのを実感しました。自分は今、調査などでかなりしつこく念を押すようにしていますが、それでも下までうまく伝わっていないのを実感させられます。

 木曜日は日本から来たポスドクのOB君の調査に付き合って、ロンアン省に行ってきました。車で片道4時間だったのでさすがに厭きましたし、なにより腰が痛くなりました。私は自分の調査地の下見が目的だったので、現場の雰囲気を味わった後は、地元の家で出してもらったお茶を飲んで、干しえびや焼きたてのせんべいをいただいていました。

 ここは海に近いため海産物が豊富で、道端で売っている貝を買って食堂に持ち込んで昼飯を作ってもらいました。昼食ではヤシの実に入っている酒を飲みましたが、あまりうまくありませんでした。遅めの昼食後、帰りは4時間半かけて戻り、それから羽化した蚊をサンプル管に入れて凍結させる作業をしました。これで、ベトナム南部でのネッタイシマカの現地調査は一応終了しました。

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2009年2月 5日 (木)

原稿チェックを催促したら、逆に用事を頼まれる

 月、水はY教授と、火、木は日本からベトナムに遊びに来たMZさんと夕飯を食べました。テトが明けて飲み屋もレストランもいつもどおりに戻りました。日本料理屋で外食するとたいてい35万ドンから50万ドン(2千円から3千円)、小ぎれいなベトナム料理屋で食事をすると10万ドンから20万ドン(700円から1200円)。角田レストランだと2万ドン。日本料理屋で食事をするのはベトナムでは贅沢です。

  一月ほど前に書き上げた原稿を長崎のT教授に送ったのですが、いっこうに返事が来ないので、今日電話すると、気にはなっているのだが忙しくて見ている暇がなかった、と言う返事が戻ってきました。そうですか、では時間があるときに目を通してください、と頼んで電話を切ろうとすると、悪いけど、M省に提出する書類のネタがないので、何か書いて送ってくれ、と逆に用事を頼まれてしまいました。幸い、今日の会議のために準備した資料が使えそうだったので、それをコピペして、送っておきました。次の原稿も蚊についてですが、そのほかはダニなので、蚊の原稿は早く送りつけてしまって、チェックを待っている間にダニの原稿を書くようにします。

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2009年1月15日 (木)

バッチャンの蚊の同定と洗浄室の匂いで頭痛

 朝からバッチャンで取ってきた蚊の同定(種類を判別すること)をやりました。エント室長のYさんに私の力では判別できない標本を見てもらって、種を見分けるポイントを教えてもらいました。蚊やダニの同定は専門家でも本当に大変です。毛の配列がどうのとか、翅の模様がどうとか、素人さんから見たらそんなのどうでもいいじゃんと言いたくなるような形質(特徴)が同定の重要なポイントであることが多いです。なんとか11月からかバッチャンで採集した標本は夕方までかかってすべてやり終わりました。

 私のいるオフィスの隣は洗浄室なのですが、試験管や白衣などが朝から持ち込まれて洗われます。それは別にいいのですが、薬品の匂いがきつくて、オフィスのドアを開けたり、廊下に出ると頭痛がします。結婚していた時も奥さんがアイロンを使うと揮発性の物質が出るのでしょうか、頭が痛くなりました。そんななのでクリーニング屋の近くにはあまり行きたくありません。

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2008年12月14日 (日)

バッチャンの写真

 他の場所での調査があったため、先週、バッチャンでの調査を通常より数日前に行いました。今日はその時に仕掛けたトラップを回収しに出かけてきました。

Rimg0004_2 今日はどの家も庭に陶器をたくさん積み上げていました。そのせいでトラップを取り出すのに一苦労しました。

 陶器はこのように竹籠に入れて、クッション代わりにわらをはさみます。

Rimg0002  今でも荷物の運搬には馬が使われています。ごらんのとおり、こちらの馬はサラブレッドなどに比べると小さいです。

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2008年12月12日 (金)

これまでのタンチャン調査での反省

 何とかタンチャンでの3回目の調査が終わったわけですが、あまりいい結果が得られていません。前回の調査の際にパスツール研のスタッフの一人が作業内容をごまかしていたことを書きましたが、今回は採集してきた蛹を数匹失くされてしまいました。毎日、最後に私がきちんとデータの最終チェックをしておくべきでした。この調査は毎回反省ばかりです。

 去年、AT君とホーチミン市のスラム街で調査をした時に、仕事の際のベトナム人に対する彼の高圧的な態度はやりすぎじゃないかと感じましたが、私も少し考え方を変えないといけないかもしれません。サボろうと思ったら徹底的にサボる人をこちらに来てずいぶん見てきましたので。

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2008年12月11日 (木)

2008年12月のフィールドの写真

Rimg0014_2 

 ここが私のフィールド。熱帯しています。

Rimg0013_2

 ディズニーランドのジャングルクルーズを思い出しながら、狭い道をてくてく歩いていくと、

Rimg0011  こんな家が建っていたりします。この家でなくて、隣の家に用があったのですが、あいにく留守でした。

Rimg0006

 エビの養殖池で泥をすくっているおじさん。だんだん池が泥で埋まってくるので、このように時々池の中の泥を外に出さなければいけません。

Rimg0004_2

 けれども、道にまで、しかも目的地への唯一の道にまで泥を積み上げるので、バイクでは進めません。現地案内のおじさんが、道端にあった(のかそれとも誰かが置いた)ヤシの葉を敷いて、どうにか歩いて渡りました。

 この3日間はこのような場所で仕事をしていました。

 特にオチはないのですが、落ち葉拾いということで。

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2008年12月 6日 (土)

早めに終わったバッチャン調査

 来週からまたホーチミンに1週間出張なので、予定より早くバッチャンに調査に行きました。雨が降らないせいか、水の入った容器が少なく、そのためボウフラの数もかなり少なくなりました。冬場に生息場所が限られるなか、ヒトスジシマカがどうやって難局を乗り切って、春から数を盛り返すのかがそもそもバッチャン調査のきっかけなのです。

Photo いつもは4時間くらいかかるのですが、今日の調査は2時間ほどで終了しました。この調査でいっしょに仕事をしている、エントのGさんから買い物をしたいのでマーケットに寄ってほしいと頼まれたので、帰りがけにバッチャンのマーケットに寄りました。壺や食器が所狭しと並んでいます。今度、急須とか買おうかな。

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2008年12月 5日 (金)

塞翁が馬で器材を直してもらう

 蚊を捕るトラップは使っているうちにだんだん傷んできます。蚊を集める網の部分が破れたり、電気でファンが回るのですがファンとコードの接続箇所がはずれたりします。網の破れは小学校の時の家庭科を思い出しながら、かつ漁師さんの気持ちになりながら針と糸で直します。しかし、はんだごてなどない持ってきていないので、さすがに電気系統の修理はできません。

 先週の昼休み、いつまでたってもエントの誰も食事に行こうと声をかけないなあ、と思っていると、フレラボの人たちが食事に誘いに来ました。じゃあということで、外で割と時間をかけて食事をして帰ってきたのですが、エントの人たちは皆食事に行って、誰もいませんでした。カギが閉まっているので、オフィスには入れません。オフィスの前で困っていると、受付のお兄ちゃんが英語で、ここ(受付)で待っていなよと、声をかけてきました。お言葉に甘えて、受付の部屋に入り、お兄ちゃんと話をしました。彼の話では大学の電気工学科を卒業したばかりだそうでで、そんな人がなんで受付をしているのか、ベトナムはやっぱりわからないなあ、と感じました。ちなみに先月までは、NIHE食(社員食堂)のおばさんが受付をしていました。

 おととい、受付のお兄ちゃんに、トラップを直せるかと聞くと、道具がない、と一旦は断られました。けれども、後で、家に持っていって直すけど、いいか、と尋ねてきたので、トラップを預けると、翌日直して持ってきてくれました。

 そのお兄ちゃんが、自分は別の部署に移ると言っていた通り、今日から別の人が受付に来ていました。

 人間万事塞翁が馬。

 いい年して、俺だけ仲間外れか、とか思いもしましたが、そのおかげであまり仕事に関係のない人と話をする機会があって、器材を修理してもらえました。

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2008年12月 4日 (木)

トラップにまつわるトラブル

 蚊を採集するトラップを30台、今年の夏に購入しました。ベトナムの電圧に対応していなかったため、実際に使ってみると煙が出る、動かないなどのトラブルが相次ぎました。その時は何とかごまかして使いましたが、後々のことを考えると部品を全部交換した方がいいと思ったので、先日業者に来てもらって、部品を交換するように交渉しました。当然、ただでやってくれるように要求したのですが、部品代は払ってほしいとのあちらの条件をやむなく飲む結果となりました。

 今日、その業者がやってきて、部品を交換してもらったのですが、新しく購入した30台を前もって揃えたはずなのに、2台古いトラップが混じっていました。おまけにすでにホーチミンに送ってある分を含めても全部で2台足りないことがわかりました。

 先日、エントの人たちが黙ってトラップを6台、ニャチャンに持っていこうとしたので、注意したばかりでした。それ以前にも勝手に箱を開けたり、保管場所を移されたので、その際にごちゃごちゃになったのでしょう。トラップは今バッチャンで行っている調査の分を除いて、ホーチミンに常時置いておくようにしようと思います。Kさんと最初はそういう予定でしたし、たびたび勝手に使われているので、調査直前になって焦ったりすることがあります。

 フレラボでも黙って実験道具を持っていかれて困るという話を耳にします。こういうのは、ベトナムの人は悪気がないのか、日本は金持なのだから当然と思っているのか、実際のところよくわかりません。でも、日本の感覚だと失礼、非常識です。

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2008年11月20日 (木)

紆余曲折の外部資金申請

 研究者として生きていくには論文を書くことも大事ですが、最近は外部資金を取ってくることも重視されます。代表的なのが文部省の科研費ですが、採用率は20%前後です。一人が一件の申請をしていると考えると、五人に一人しかもらえていません。昨年から私も科研費を申請するようになったのですが、蚊をテーマに申請すると過去の業績の面でかなり厳しいと感じます。今年はいくつか半分こじつけで業績欄に加えましたが、できたら申請するテーマに近い業績が欲しいと思っていました。

 ある財団が、リケッチアや寄生虫に関する、発展途上国の疫学的研究に助成金を出すことを一月ほど前に知りました。ダニが媒介する病気をベトナムで調査するとなると、この助成金の公募にぴったりはまります。外部資金獲得の実績が欲しいというのは本音ですが、ベトナムでの衛生害虫の研究に何らかの貢献をしたいというのも私の気持ちの奥底にあります。蚊のフィールド調査についてはNIHEのスタッフはかなり経験があるようですが、蚊以外の害虫、たとえばダニとかハエの調査や実験を行っているのを見たことがありません。

 NIHEの敷地内にJICAの支所があります。ここに8月までおられたIG先生はリケッチアがご専門で、NIHEでのリケッチア検査を指導し、新たにリケッチア研究室を立ち上げる準備をされてきました。ただ、検査体制が完全に確立される前に任期満了で帰国されました。NIHEでもリケッチアの調査研究はこれから重視されると、IG先生からお聞きしましたが、これまでの経験から言うと、何が起こるかわからないのがベトナムです。ドタキャンには苦い思いをしています。私ならダニの採集や同定ができますから、リケッチアの専門の先生にサポートしてもらいながら、NIHEのリケッチアのスタッフと協力して、ダニが媒介するリケッチアの調査の実績を出すことが重要です。私の知り合いで、ダニ媒介性リケッチアの第一人者の先生と連絡を取り、いろいろとアドバイスを頂きながら計画を練り、さらにNIHEのウイルス部の部長にベトナムでのリケッチアの調査研究の現状について話を聞いて、私の計画に対するサポートを約束してもらいました。

 さて、ダニの研究とは直接関係ない方なのですが、日本のボスにも申請について了解を得ようと思って先日メールを出しました。結構、結構、大いにやりなさいという答えを予想していたのですが、そんなに手を広げて、蚊の仕事は大丈夫なのか、という釘を刺した内容のメールが返ってきました。最初はかなり焦ったのですが、蚊の仕事は手を抜かないし、外部資金獲得の実績が欲しいのでなんとかご理解いただきたいと、改めてメールしたところやっと了解がとれました。

 その後で、別のある方に申請書の内容と書き方についてコメントをいただいたのを参考に内容を修正した後で、研究協力者の先生たちにメールを出しました。今日は一日それに終始しました。

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紆余曲折の外部資金申請

 研究者として生きていくには論文を書くことも大事ですが、最近は外部資金を取ってくることも重視されます。代表的なのが文部省の科研費ですが、採用率は20%前後です。一人が一件の申請をしていると考えると、五人に一人しかもらえていません。昨年から私も科研費を申請するようになったのですが、蚊をテーマに申請すると過去の業績の面でかなり厳しいと感じます。今年はいくつか半分こじつけで業績欄に加えましたが、できたら申請するテーマに近い業績が欲しいと思っていました。

 ある財団が、リケッチアや寄生虫に関する、発展途上国の疫学的研究に助成金を出すことを一月ほど前に知りました。ダニが媒介する病気をベトナムで調査するとなると、この助成金の公募にぴったりはまります。外部資金獲得の実績が欲しいというのは本音ですが、ベトナムでの衛生害虫の研究に何らかの貢献をしたいというのも私の気持ちの奥底にあります。蚊のフィールド調査についてはNIHEのスタッフはかなり経験があるようですが、蚊以外の害虫、たとえばダニとかハエの調査や実験を行っているのを見たことがありません。

 NIHEの敷地内にJICAの支所があります。ここに8月までおられたIG先生はリケッチアがご専門で、NIHEでのリケッチア検査を指導し、新たにリケッチア研究室を立ち上げる準備をされてきました。ただ、検査体制が完全に確立される前に任期満了で帰国されました。NIHEでもリケッチアの調査研究はこれから重視されると、IG先生からお聞きしましたが、これまでの経験から言うと、何が起こるかわからないのがベトナムです。ドタキャンには苦い思いをしています。私ならダニの採集や同定ができますから、リケッチアの専門の先生にサポートしてもらいながら、NIHEのリケッチアのスタッフと協力して、ダニが媒介するリケッチアの調査の実績を出すことが重要です。私の知り合いで、ダニ媒介性リケッチアの第一人者の先生と連絡を取り、いろいろとアドバイスを頂きながら計画を練り、さらにNIHEのウイルス部の部長にベトナムでのリケッチアの調査研究の現状について話を聞いて、私の計画に対するサポートを約束してもらいました。

 さて、ダニの研究とは直接関係ない方なのですが、日本のボスにも申請について了解を得ようと思って先日メールを出しました。結構、結構、大いにやりなさいという答えを予想していたのですが、全く逆で、あまり手を広げんと、もっと蚊の仕事に精を出せ、という内容のメールが返ってきました。最初はかなり焦ったのですが、蚊の仕事は手を抜かないし、外部資金獲得の実績が欲しいのでなんとかご理解いただきたいと、改めてメールしたところやっと了解がとれました。

 その後で、別のある方に申請書の内容と書き方についてコメントをいただいたのを参考に内容を修正した後で、研究協力者の先生たちにメールを出しました。今日は一日それに終始しました。

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2008年11月11日 (火)

新しい調査とベトナム語の勉強再開

 今日からバッチャンで新しい調査を始めました。すでに何度も来ていますし、狭い町なので、土地勘が働きます。嘘か本当か、ベトナム人は地図が読めないと、ガイドブックに書かれていたのを読んだことがあります。バッチャンでもガイドしてくれる保健所のオバチャンが、私の意思が十分伝わっていないせいもあるのでしょうが、見当違いな場所に連れて行きそうになったので、私が道を指示することがありました。私は山でも町でも地図さえあれば何とか目的地にたどり着く自信があります。ハノイに赴任したばかりの頃、市街地で飲んでも私は歩いて家まで帰れていたので、フレラボのY教授は伝書鳩みたいな奴だ、と言っていました。

 これまでの調査でボウフラの多い家はわかっていたので、保健所の人からその家の人に事情を説明してもらってから、作業を行います。調査では12軒の家を回って、成虫を採るトラップと雌が産んだ卵を採るためのトラップを設置します。そのほか、その家に蚊はどの程度発生している状況なのかが裏データとして必要なので、ボウフラの発生している容器をチェックします。

 何軒かの家の人は、私が外国人であるのも興味を引くのか、協力的で、気さくに話しかけてきます。今日のお昼は保健所の人たちと一緒に食事をしたのですが、彼女たちも私に何か話しかけてきました。今回、NIHEから私と一緒に仕事をする二人の人は英語があまり話せないので、何を言っているのかちょっと英訳してくれ、と頼んでも、困った顔をするだけで、答えが返ってきません。少々ストレスが溜まりました。

 よおーし、それなら俺がベトナム語を話してやろうじゃねえか。

 ベトナム語の勉強のモチベーションが上がったところで、先週予約を入れていた、新しいベトナム語のレッスンを今日の夕方から始めました。前回は週3回、しかも1時間半だったので、かなり疲れました。今回は週2回、1時間にしました。サッカー仲間で、いつも帰りのタクシーで一緒のTK君とか、この前NIHEに来たTIさんとか、ベトナム語がペラペラです。私も、現場に行って現地の人とコミニュケーションをとりますが、現場に行くたびに現地の言葉の必要性をひしひしと感じます。

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2008年11月 5日 (水)

また延期

 今日は久しぶりに雨がやみ、フレラボアシスタントのCOちゃんもようやく出勤してきました。明日は、月曜日から延ばしたバッチャンでの調査の予定でしたが、なんと明日からまた雷を伴った雨になる模様です。バッチャンは周りを川に囲まれているので雨になるとすぐ水没します。ヘタをしたら帰ってこれなくなるかもしれません。というわけで、調査は来週に延期します。

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2008年10月13日 (月)

調査の雰囲気と調査員のサボータージュ

 土、日の二日間で対照区の調査をやり直しましたが、先週の結果と大きな違いはありませんでした。ただし、パスツール研のスタッフの一人にかなりごまかしをしている人がいたのがわかりました。その人が先週調査した家を昨日改めてTRさんがやり直したところ、実際には83個の水瓶があったはずなのに35個しか調べていなかったそうです。

 今日一緒に調査に回った人は新人だったのですが、屋外にあった水瓶以外の発生源を見落とししていたため、チェックをするように指示すると容器をいきなり逆さまにして、水をぶちまけました。彼には英語が通じません。他にも容器があったので、今度は、違うよ、ちゃんと記録するんだ、と記録用紙に書くそぶりをすると、地元の案内のおじいさんにボウフラがいるか見させて自分は記録し出しました。素人に結果の判定させてどうするんじゃ、お前がやるんだ、と、言葉が通じないのを承知で伝えたところ、ようやく自分でボウフラのサンプリングをやってくれました。

 士気とか雰囲気は調査の際にとても大切です。調査をする人のモチベーションを上げるには、その調査の意義とか目的をきちんと伝えることは重要です。これまで、現地のリーダー、今回の場合パスツール研のLAさんとTRさんですし、NIHEですとYEさんやDC君、に調査目的を説明したにもかかわらず、それがちゃんと下の人たちに伝わっていない感じが時折していました。今回のことで、現地のリーダーに調査の目的や意義も部下に伝えるよう、念を押す必要があると感じました。

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2008年10月11日 (土)

調査のやり直し

 本当は今日で仕事が終わって、明日の朝、サンプルをパスツール研の冷凍庫から取り出してハノイに戻る予定でした。ところが、調査の結果が芳しくなくて。処理区で蚊の数が減るはずだったのですが、対照区よりも数が多くなっていました。

 昨晩、パスツール研のエントの室長のLAさん とプロジェクトの実質的なマネージャーのTRさんと話をししました。彼女たちは、調査する人間の精度の違いが大きい可能性があるため、来週もう一回やり直したい、と言ってきました。調査のやり直しと聞いて、私なりにどうすればいいのか考えました。マダニの野外調査をするときには、自分なりにやれそうな人を選び、自分なりの精鋭ですが、皆植物についてはど素人だったので、コドラート調査をする際、特に被度などは15サンプル位をああでもないこうでもないと確認し合い、さらにその後でそれぞれにテスト用紙に自分の回答を記録してもらい、回答の相関を求めたりして、その後で本番の調査をしていました。今回、どうすればいいのかいろいろ考えていたときに、私たちのラボについてどう思いますか、と聞かれたので、グッド、ととっさに答えたのですが、その後で、それはさておいて、調査の時に特定の人が特定の地域をずっとやるのをやめて、日替わりで処理区と対照区をやるようにするように述べました。それから、LAさんとTRさん以外の人たちが要領がいいのかどうか知らないけれど、11時前にさっさと仕事を切り上げてお茶を飲んでいるのはおかしいし、LAさんが来年退職して、TRさんがどこかの国に留学したら、私はとても不安で、仕事をお願いできません、とはっきりと述べました。二人とも私の二番目の意見は、言ってもらうのを待っていたようにその時感じました。

 結局、明日明後日、また調査をしなければなりません。ハノイに帰って、日曜日にはサッカーをしたかったのですが、致し方ありません。

Rimg0840

 今泊まっているホテルの部屋の壁にかかっている絵。油絵と思ったら、タペストリーでした。私のフィールドのバッチャンは周りを池や川で囲まれていて、山こそ見えませんが、バッチャンを思い出させる、そして、なんとなく気持の落ち着く絵です。

 

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2008年10月 8日 (水)

実施一月後の調査

 昨日からまたホーチミンに来ています。先月、KWさんが中心となって水瓶に蓋と蚊を寄せ付けない網を配ったので、一ヶ月後にボウフラの数がどうなったのか調査に来ました。

Rimg0834_2 これから調査をするところ。実際は30個近くの水瓶がありました。水の中に虫取り網の目の細かいのを入れて、5回回してボウフラと蛹を採集します。それにしても、これだけの数の水瓶を検査するのは大変です。

 実際に現地に行ってみると、雨水をためる専用の瓶の蓋を普段あけていて、そこから水を汲み出して別の瓶に入れていました。あれっ。もし、汲みだす水に ボウフラが既に入っていたら、全部の瓶に広がってしまいます。

 このことをパスツールのスタッフに話したのですが、そのような現地の人の習慣を直すのはとても難しい、場合によっては調査に協力すること自体を拒否されるから、との回答が返ってきました。

 ボウフラの採集は現地のおじさんが、記録はパスツール研のスタッフが行うので、私は研究所で取ってきたサンプルを同定し、管理するだけでいいと当初考えていましたが、現場に行ってみないとわからないことはやはりありました。

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2008年9月25日 (木)

犬肉デビューに涙

 今日からバッチャンにて蚊の調査を開始しました。Dc君と新人二人、保健所の職員二人の合計6人で午前に14軒、午後に12軒の家を訪問して、家の容器に発生したボウフラを確認し、蛹を持ち帰りました。バッチャンは陶器の町として有名で、町のあちこちに工房やお店があります。花瓶などが雨ざらしの状態で庭先に積んであれば、雨水がたまるとボウフラが発生します。下見をした際に、雨ざらしにしている工房が多い地域としていない工房が多い地域があることがわかったので、調査地には雨ざらしにしていない方の地域を選びました。本当は両方で試験したかったのですが、実験室で羽化させた蚊の数が少なかったので、一地域にせざるを得ませんでした。

 朝から曇り空で雨がぽつぽつ降っていたのですが、お昼過ぎから雨脚が強くなりました。ちらとDc君が、やめようか、と言いかけたのですが、保健婦の方と私とで半ば強引に次に調査する家に向かったので、そのまま従う結果になりました。それにしても皆雨の中がんばりました。

R0010851_2  お昼は犬肉料理でした。一番手前はキュウリ、真ん中の3つの茶碗にはそれぞれ塩、海老で作ったタレ(ナマズ料理の時にも出てきました)、香辛料っぽいタレが入っています。一番右に写っているのは煎餅です。タレにつけたり、そのまま食べたりします。3皿の肉料理はどれも犬です。左の葉っぱでくるんで、お好みのタレをつけて食べます。奥の皿にはレバーと小腸が盛られています。このあとまだ皮と味付けされた肉が二皿でてきました。

 食べる前に目薬をつけたせいか、うっすらと涙が滲んだ気がしました。これがまた、肉がちゃんと切れていなくて、でかくて、泣けました。味は、・・・やはり豚か牛の方がいいです。

 そういえば、今日はよく犬に吠えられました。

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2008年9月16日 (火)

一筆逆転で拍子ぬけ

 昨日は日本では祝日でしたが、ベトナムでは平日だったのでいつも通り出勤しました。今週行う予定だった調査もなくなったので、明日から夏休みを取るつもりでした。

 朝、エントラボでD君から、NIHEの所長の調査申請書(=お墨付き)をこれから書いてもらって、それを計画書に添えて市当局に提出すれば、調査ができるのだけれど、いつから開始するか、と尋ねられました。

 はあ?

 そんな紙切れ一枚で許可が下りるのか、そもそも蚊を放すこと自体が問題だったのであって、それは全く改善されないのに、大丈夫なのか、と疑いましたが、夕方にはD君からあっさり、全部順調だ、と聞かされました。

 何なんだろう、と思います。

 本質的な問題は置いておくとして、オーストラリアに出張中のYさんからD君に電話がそうするように指示が入ったようです。だったら、最初からそうすればいいのに、と正直思いました。うれしいというより、拍子抜けしました。週末はとりあえず仕事のことは忘れて、今週は夏休みを取ってハロン湾にでも出かけようと考えていましたので。否応なしに調査の準備を再開しましたが、いったん遊びモードに入りかけていたので、なかなかモチベーションが上がりません。

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2008年9月13日 (土)

ベトナム、最初の仕事の挫折

 バチャンでの蚊のマーキングリキャプチャーの試験は没になりました。昨日、NIHE側担当のD君に念押しのために、再度研究計画を説明しました。彼から、1000匹の蚊を放すのか(=知らなかった)と今になって初めて知ったかのごとく尋ねられた時、ちゃんとボスのYさんから説明を受けていなかったのか、俺の計画書を読んでいないのか、と本気で心配になったのですが、悪い予感は当たり、ハノイ市保健局から許可がおりませんでした。というか、なんで計画の最初の段階で保健局の許可を伺わなかったのでしょうか。来週からバチャンで試験を開始する予定で準備してきたのですから。彼らも蚊の飼育をしたり、電話をかけて車の手配をしたり、人員を揃えたりと、コストを払っていたはずです。

 私にも落ち度はありました。私の頭の中では、計画がダメになるかもしれない可能性は7月にYさんとの話し合いでOKが出たときに消えてしまったのですが、最初にもっとYさんに念を押しておくべきでした。自分で調査、実験をして論文を書く、学生を指導する。こういう仕事と外国人相手の交渉・折衝はまるっきり違うわけで、私は力不足でした。言い訳になりますが、私には外国人と共同で研究をしたり、外国人を人足として使った経験がありません。これは場数を踏んでいくしかないと思います。ベトナム人との交渉などは日頃のY教授、一緒にフィールドに行った際のHBさん、KDさんのやり方を学んでいくしかありません。

 今回の結果を長崎のボスにメールで連絡したところ、「貴君にはいい勉強になった。・・・・・結局は、期間の限られた中でインパクトファクターの少しでも良い雑誌に結果を残すことが貴君の使命です。」との返答がありました。厳しいですが、途中経過はともかく最後の結果がベストになるようにもっていくだけです。

 まだ一年半あります。もう一度、一から計画を練り直します。

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2008年9月11日 (木)

試験結果の実用化に携わる人

 サッカー仲間のTKさんが昼間私のところに来ました。私が今関わっている、水瓶に蓋をすることでデング熱を媒介する蚊の発生を抑えるプロジェクトに興味がわいたそうです。彼はもしこのようなプロジェクトがうまくいった場合、それをさらに普及させる際に我々とNGOとを仲介することを専門にしているそうです。へえー、そういうことを専門にしている人たちがいるのか、とまず最初に感じました。

 研究者はなぜそうなっているかを突き詰めたりするのは(普通の人に比べて)得意ですし、その守備範囲では、馬鹿じゃないの、と思われても仕方がないくらい頑張るんですけど、実用化となると、苦手です(って自分基準で言いきってしまいます)。もし、両方飛び抜けている人がいたとしても、100人に一人の貴重な人材だと思います。だから、私のような人間ですと、自分の能力の足りないところをサポートしてしてくれる人が欲しいです。

 TKさんはベトナムで10年以上仕事をされていて、現地の人と同じようにバイクで通勤し、ベトナム語もペラペラです。バイクに関してはよく事故らないなあと感心しますし、ベトナム語はエントのスタッフもフレラボのTRさんも感心していました。彼がベトナムに溶け込もうとして仕事をしているのを会話の中でも垣間見た気がしました(私は仕事ではなく日常で溶け込んでいます^^;)。

 また、ベトナム語、勉強しようかな。

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2008年9月 6日 (土)

フィールドに気楽に行ける自由

 これからやる研究の試験地をもう一回下見したくて、フレラボのアシスタントの人たちに気軽に頼んでしまったのですが、いろいろと問題が多くて取りやめました。自腹でお礼とかと考えていたのですが、やはり研究目的で半日、しかも休日に拘束するわけで、やはりきちんと筋を通すべきでした。

 前回、8月にボウフラの採集のついでに試験地を下見をしたのですが、エントのスタッフのほかに健康保険省の人が一人、県の役人が一人、市の保健所の人が一人ついて、ランクルにぎゅうぎゅうづめで移動しました。エントのヘッドから調査の目的が伝わっていなかったらしく、どこもみな同じだから、早くみやげ物屋に行こう、行こうで、それに気おされて十分に下見ができませんでした。またエントで頼むと大掛かりになるので、たいした金額ではないから、休日を利用して気心の知れた人に個人的に頼んで行こうと思ったのですが、私が軽率でした。

 北大と中央農研にいたときは研究に必要なほとんどの雑誌と本がカバーされていました。千葉衛研ではほとんどの雑誌がなくて、数カ月に一遍、東大の農学部に行って雑誌をチェックし(今みたいにインターネットが普及していなかったので)、千葉県の公立図書館で絶版になった日本語の本は借りていました。私は基礎的な研究が好きですし、千葉県に関連する研究以外はかなり締め付けがあったので、他県でデータを取るには自分で助成金を当てるか、いろんな縁故(奥さんの実家とか)を頼りながらの自腹かどちらかでした。北大にいたときに研究に必要な本は自腹で買うものと思い、千葉衛研に来て、どうにもならないけど研究に必要なものは自分で買うようにしました。奥さんにも我慢してもらいました。

 今の環境ですと、分野によっては1990年代以前の論文とか手に入れるのに苦労しますが、他大学からとりよせたりして公費で払ってもらっています。学術雑誌をどれだけフォローできるのかはお金があるかないかのバロメーターかもしれません。文献に限らず今は金銭的には恵まれているのですが、その分自由が利かなくなったような気がします。

 信大を退職されたU先生は、松本キャンパスから朝、アルプスの山と雲を見て、晴れそうだったら車でダニを取りに行くとおっしゃっていました。うらやましいです。その日の天気を判断して気軽にフィールドに行けるのですから。 

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2008年9月 1日 (月)

ホーチミン市滞在中の鬱屈

 一時間ほど前にアパートについて、ガードマン兼管理人のおじさん二人と一杯ワインを飲んで、そのあと自分の部屋で焼酎を飲んでいます。

 土日に必死で働いた結果、何とか蚊の同定と整理が終わり、トラップで採集した分も大まかに仕分けできました。トラップの個体は持ち帰ったので、ハノイで一月かけて同定していきます。

 今回は空港からアパートまでのタクシーは正規の料金でしたし、運転手のお兄ちゃんも今度は感じのいい人でした。けれど、たいていはホーチミンに行き来するときには気分が塞ぎがちになります。まず、空港で感じる、民度の低さ。バイクでの信号待ちじゃないんだから割り込むなよ、って、チェックインカウンターで待っている間、飛行機に乗り込む時、荷物を受取るとき、タクシーを待っているときにいつも思います。それから携帯のマナーの無さ。飛行機に乗ってもいつまでも携帯をかけていて、着陸するとすぐに携帯をかけます。ベトナム語は今だわかりませんが、おそらく、今着いたとか、何時に迎えに来てくれ、なんて会話、飛行機を降りてからにしてほしい。

 パスツール研でいつも我々日本人スタッフの世話をしてくれる方は空港まで我々を送り迎えしてくれて、タクシー代をいつも全部一人で払い、決して受け取りません。そして、滞在中に頻繁に一緒に食事をするのですが、決して食事代は受け取りません。本当かどうかわかりませんが、客をトコトンもてなすのが南部の習慣らしいのです。個人的にはもう友達(のつもり)ですが、彼女は決して譲りません。私は滞在中、飯を奢ってもらって、最終日にはブルーになっています。

 今日の昼飯でも、私は馬鹿正直なので、気分的にどうしてもうまいと思えない日本料理をおいしくない顔して食べて、その人と友人たちに不快な思いをさせたことを今になって後悔してます。「奢ってもらって、それでいいじゃん。」と言う方もいるでしょうが、自分はだめですね。

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2008年8月30日 (土)

BGトラップのサンプルに苦戦

 朝早くHBさんからブンマトウーにコウモリのダニを取りに行けるか、と連絡が入りました。残念ながら、まだホーチミンですと答えて、朝から一日中顕微鏡に向ってひたすら蚊の同定をしました。蛹を採集してきて羽化させたサンプルは非常にきれいで容易に種・性の判別ができるのですが、BGトラップで採集した個体は数種類が混じっている状態で、しかも破損がひどいので、あと三日で終了するのは断念しました。今日明日で蛹からのサンプルの分を終了して、そのあとでBGのサンプルを整理して、ハノイに持ち帰って継続しようと思います。

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2008年8月26日 (火)

今月最後のトラップ回収とクルクル寿司

 昨日の夜またホーチミン入りしました。今日も、7時からTRさんと南部のフィールドに蚊の調査に向かいました。彼女から、先週の土日もスタッフを働かせたせいで、夜に何度も電話が来たとか、道中、いろいろと愚痴を聞かされました。女性で、一番年下なのに、今回のプロジェクトのマネージメントをやっているので、男性スタッフから良く思われていないようです。けれど、一番朝早くから(4時から)準備をして、遅くまで働いているのは(私がやっていた作業を一人で残ってやっていた)彼女です。しっかりしない男が情けない。

 炎天下、前日に仕掛けた蚊のトラップを回収してまわり、パスツール研に戻ってからは網に入っていた蚊の取り出し作業を二人で行いました。今回私たちが目的にしているのは家の中に多い種類の蚊なので家の中にトラップを仕掛けたのですが、トラップには田んぼや藪など野外に多い蚊が予想以上に多く、これから種類の判定をするのが相当大変だと感じています。しっかりしなくては。

 夕食はTRさんに誘われて回転寿司を食べに行きました。ちなみにお店の名前は"KURU KURU"で、そこそこベトナム人らしきカップルのお客さんが入っていました。カリフォルニア巻きをはじめ巻物とサケがネタの中心で、あとは変わったものだとどら焼きなどのデザートが回っていました。TRさんはここのうどんが好きだそうで、少し分けてもらって食べたら、田舎のお袋の作ったうどんを思い出しました。そういえば日本に帰るつもりでいて、まだ、夏休みを取っていませんでした。

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2008年8月16日 (土)

蚊が取れ過ぎていっぱいいっぱい

 今日も家々を回って蚊を取らせてもらいました。今回の調査では150軒の家を回る予定ですが、1チーム午前中かかって7、8軒終わればいい方です。少ない時で3チーム、多い時で6チームで作業をしたのですが、まだ80軒ほどしか終わっていません。長崎から来ていたKDさん、AT君も今日帰るので、明日は日本人は私一人です。日本人のいないチームは11時くらいには引き揚げてしまうので、それを考えると気が重くなります。来週は調査を中断して、再来週にまた私はホーチミンに来て、調査を続けなければなりませんので。

 蚊の方は取れ過ぎて、毎日困るくらい取れています。当初、午前中しかで採集しないなんてけしからんと思いましたが、丸一日調査をしていたら蚊の処理ができなかっただろうと思います。今でもいっぱいいっぱいですから。

 日本は今お盆休みですが、今年は実家には帰れません。お彼岸くらいに夏休みをとれたら帰ろうかな。

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2008年8月15日 (金)

ヤシの実ジュース

 今日はパスツール研スタッフはTRさんを除いてみな別の現場に向かったので、昨日仕掛けたトラップの回収と調査場所をGPSに記録していく作業をしました。

 さて、調査場所は週に二日停電するそうです。仕掛けたトラップも当然その間停止するわけで、せっかく採集した蚊もその間に逃げ出しました。何とか対策を練らなければいけません。

R0010806 炎天下、バイクを降りて目的の家に向かいます。帽子代わりなでしょうか、皆ヘルメットを脱ぎません。先頭を歩いているおじさんは今日私を乗せていたのですが、やけによろよろバイクを運転するなあ、と思ったら、いきなり脱輪して草地に突っ込みました。かなり焦りましたが、写真のような池に落ちなくて本当に良かった。

 R0010807

 家々を回っていると、「お茶でも飲んでいきない。柿でも持っていきない。」(推定訳、なおこれは群馬の方言です)と、言われます。水は沸かしたもの以外は飲まないようにしていたのですが、今日ホーチミンのようなひげを生やしたお爺さんの家で出された水は、飲まないととってもお爺さんに申し訳ない気がして、えいやで飲みました。写真のお宅では、ヤシの実を御馳走してもらいました。甘いのですが、しつこい甘さではありません。先日ベトナムに来られたM教授が、昔、ベトナムで調査場所に行く時に、ホテルから水を持っていくのを忘れたときにはヤシの実のジュースを飲んだと仰っていました。水の貴重な場所ではヤシの実は重要な水分補給源です。

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2008年8月14日 (木)

オーバーワークと仕事を楽しむTRさん

 今日も6時にホテルを出発して、8時から11時過ぎまで家々を回って蚊を採集しました。今日はかなり暑かったです。実は12時近くまで粘ろうと思っていたのですが、連れのスタッフが案内のおじさんにいつの間にか勝手に帰っていいよと言ってしまったので、早めに引き揚げてしまいました。英語が全く通じないので、私がこういうとき少しでもベトナム語が分かればいいと思います。

 パスツール研に戻ってからはずっと採集してきた蚊の処理と同定をしました。途中で他の人に手助けしてもらいましたが、それでも全部やり終わったのは8時過ぎでした。サンプルが多すぎて大変そうですが、少なすぎるのに比べればまだましです。

 夕食はTRさんとパスツール研近くのレストランで食べました。彼女から、なぜウイルスの分離を今回はするのか、と尋ねられました。最初は、まだあまりやられていないからとか、重要だからとか、答えになっていないような返事をしていたのですが、なぜ、そんなことを聞くの?と逆に質問を返すと、今回は自分がプロジェクトを管理するので、ぜひとも成功させたいから、と答えが返ってきました。家に帰っても仕事をするのでここのところ睡眠時間は2-3時間だそうです。今回の仕事に関してストレスを感じる一方で、楽しんでいるとも言っていました。彼女は今、仕事がおもしろくてしょうがないらしいです。

R0010802_2

 次の家を訪問しに向かうところ。道は丸太の橋なんてこともあります。当然バイクも使えません。炎天下、歩いて移動しました。写真の両側は湿地です。私は最初の一歩で踏み外しました。丸太を歩き渡ると奥には木でできた橋がありました。

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2008年8月13日 (水)

調査開始と日越の男女差

 調査2日目。本格的な調査が今日から始まりました。全部で6チームにわかれて、ボウフラの生息調査をしました。私は、パスツール研の新人スタッフと地元の役所のおじさん、保健所のおじさん、バイク運転手のおじさんと総勢5名で各家々を回りました。私もおじさんですが、新人を除いて皆さん人生の先輩でした。

 各家に着いたら、まず水瓶にボウフラ(=幼虫)と蛹がいるかを記録して、蛹を採集します。次に成虫を採集するためのトラップを仕掛けて、家の人に、上水道を使っているかとかいろいろアンケートをします。今回は、新人君と一緒ということで、私は彼が見落としがないか、見張る、嫌な役目でした。けれども、新人君は、KさんとA君に聞くまでわかりませんでしたが、去年までゲストハウスでガードマンをしていた人なので、ここでしっかり仕事を覚えてもらわなければなりません。Kさんは人手が足りないから今回だけ頼んでいるのではないか、と言っていましたが、確かTRさんは新人スタッフと言っていたはずです。ベトナムなので日本の常識で考えてはいけませんが、よく考えたら私は2年前までぷー太郎でした。ベトナムでは30代になってから勉強するために仕事を辞めるのはたぶん考えられないと思います。

 仕事の後、日本人三人とTRさんとで少し飲んだのですが、彼女から聞いた話は日本とは違っていました。日本では女性は現実的、男はおバカな理想主義というのが、たぶん私や私の友達の意見なのですが、ベトナムでは女性が理想主義で男が現実的だそうです。ふうーん。でも、ベトナムの男は酒と博打と女が好きだけど、それって現実的ではないよ、と言ってみましたが、彼女の言うには、それでも女性の方が理想主義らしいです。私はベトナム人の女性について勉強不足なので、これについては2年間の宿題にしたいと思います。

R0010791

 この田んぼのあぜ道をバイクに三人乗りして家々を回ります。今日は6軒の家を訪問したのですが、各家でお茶をいただきました。当然、調査している水瓶の水を沸かしていると思います。出されたものは残さず食べて飲むのが私のモットーなのですべていただきましたが、最後の家で出された、冷やした水だけは、飲めませんでした。出した家の方に失礼だったと思います。

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2008年8月 9日 (土)

調査開始の遅れ

 金曜日にはベトナム訪問中のT教授とM教授も合流して、調査地の下見をしてきました。蚊の発生源になりそうな容器にはトイレタンクや花瓶などがありますが、今回の調査地ではやはり何といっても水瓶です。蓋を各世帯に配って全部の水瓶にきちんと蓋をした地域と、蓋を配らないで特に対策をしない地域とでボウフラの発生量を比較するのが今回の調査の目的です。他にも、処理区と対照区とで住民のデング熱の抗体価を比較します。ただ、今年はデング熱の発生患者がすでにかなり報告されています。蚊の対策を実施した地域、しなかった地域での抗体価の比較をするのには調査開始が遅かったかもしれません。

 蚊の採集とその後のウイルス検出が私の今回の仕事です。蚊の採集は抗体調査に協力してくれる家から行う必要があります。ところが、住民への説明会が遅れに遅れていて、来週以降になったので、調査する家屋がまだ決まりません。本来は来週いっぱい採集をする予定でしたが、来週は前半に予備調査をしてからいったんハノイに引き揚げて、調査する家屋が決まった時点でまた来ることにします。

 R0010774_3

 養殖池や水路のまわりには手前のようにヤシの木が植えられています。ヤシの実は食用として、葉は奥の家のように屋根や壁として使われます。

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ベトナム南部での調査の下見

 今、ホーチミンのパスツール研究所近くのネットカフェにいます。

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 木曜日、金曜日と調査地の下見に行ってきました。田んぼとエビの養殖場が一緒になった池に囲まれて家々がぽつんぽつんと点在しています。家と家とは田んぼのあぜ道でつながっています。どの家にも軒下に大きな水瓶を置いていて、そこに雨水を貯めて、生活用水として使っています。ずらっと並べられた水がめ。屋根から流れ落ちる雨水を手前のトタンで水がめに流し込みます。普段は水がめに蓋をしていますが、蓋が無くなったり、壊れていると、そこからネッタイシマカが入り込んで、卵をうみつけます。

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 調査地の下見を終えて、保健所に戻ってくるTNさんと地元の保健婦さん。もちろん二人乗りです。田んぼのあぜ道が家と家を結ぶ道路なので、車は幹線道路(といっても乗用車二台がやっとすれ違える程度)以外は走れません。バイクと自転車がここでは必須です。毎日、否でも平衡感覚が磨かれるでしょうね。お笑いの人ならここで落ちるのでしょうが、底まで2mはありますので、バイクを這い上げるのが大変です。

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2008年8月 2日 (土)

バチャンでの下見

 昨日は、ハノイから約10km離れたバチャンという町に蚊の幼虫を採集に行ってきました。エントのスタッフ3名と保健省関係の方1名、地域の役人1名、地元の保健婦1名、それにドライバー1名というたかだかボウフラを取るのに総勢8名の大掛かりなスタッフとなりました。バチャンで取った幼虫を実験室に持ち帰って育ててから、成虫に色素をつけて放して、蚊の飛翔距離や生存率を求めるのが今回の調査の目的です。

 バチャンは中国人の作る陶器で有名です。最初に訪れた場所は工房みたいなところで、外に積まれた陶器に雨水がたまって、3軒回っただけで目的の量のボウフラがとれました。今回は発生源を減らすことで蚊の飛翔距離がどれだけ長くなるかを調べたいのですが、これだけ発生源が多いと大変です。それとバチャンの町は予想よりも狭いです。衛星写真で見ると紅河の流域500メートル以内に家が密集しています。これだと試験区を2か所設置するだけでいっぱいいっぱいです。

 当初は砂糖水を何箇所も町中に置いて、蚊が糖分の補給ができる試験区とそうでない区での比較も考えていました。しかし、どの家にも果物の木や花がいくつもあって、これも難しそうです。

 下見も兼ねて今回はバチャンを訪れて、実際に現場を見て調査地に頭を悩ましましたが、それよりもエントのスタッフをはじめ現地の人たちを動かすのが難しかったです。英語が通じるのが、エントのVさんと保健省から来た女性だけですが、どちらも片言です。エント室長のYさんにもっとわかりやすく目的と方法を説明しておいて、彼女からVさんに指示を与えてもらった方がよかったです。ボウフラサンプリングくらいしか伝わっていなかったようなので。でも、一番厄介だったのは強情そうな地元の保健所の方でした。もう少しいろいろな場所を見たいという私の要求を、他はどこも同じ、との一言で突っぱねてしまいました。

地元のおバチャン

次回からはなんとかせねば。

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2008年7月26日 (土)

コウモリのダニ取り

 朝から早速、昨晩こちらのスタッフに取っていただいたコウモリから採血して、そのあとで私はダニを取りました。コウモリの体は思っていたよりもきれいでした。ダニは19個体見たうちで3,4個体に食いついていました。コウモリにはいろんなウイルスを保有している種がいたり、全くウイルスを保有していない種がいたりします。そのような病原体の保有とコウモリが単独生活や、大家族で生活しているかといった社会性が関連していることが示唆されています。病原体の側としては集団生活している種に入り込んでいった方が(普通なら)生き残る確率が高いと考えられます。

 午後は実際にコウモリ取りに国立公園に行ったのですが、公園を管理する人がいなくて、我々が作業する許可をとれないので、現地のスタッフだけ残ってコウモリを捕獲してもらって、我々はまた戻りました。電話一本かけておいてから行けばよかったのにと思いましたが、次回はそのように取り計らってもらいましょう。

 8月に南部で始める調査に私が参加する際にNIHEの側からアシスタントが付いてくることについて、できる限りこちらの誠意を尽くして説明してみたのですが、今日パスツール研から来たメールを見ると断固としてNIHEを拒絶する態度でした。もしもNIHEの人間を連れてくるのなら、私の調査も許可しないという回答でした。ベトナム人はメンツを非常に大事にするということを本で読んだことがあったのを思い出しました。

 NIHEの側にもメンツがあるでしょうね。

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2008年7月24日 (木)

調査の付添

 私はベトナム国立健康疫学研究所(略してNIHE)-長崎大学(NU)フレンドシップラボラトリー(フレラボ)に所属しています。フレラボにはYI先生と共用の机もありますが、本来の机はNIHEの医学系昆虫学研究室(エントラボ)にあります。これは、長崎大学の私のボスであるT教授の方針で、エントの人たちと一緒に活動をするのだから常日頃から同じ釜の飯を食えという、獅子の子を谷底に突き落とす、まるで「巨人の星」のような勤務形態が前任者の時から続いています。実際にはエントラボは朝9時過ぎにならないと誰も来ず、5時になったら早く帰ってくれという調子です。そのペースに合わせているとちっとも仕事が進まないので、私は朝と夕方5時以降はフレラボで仕事をしています。

 確かに普段から似たような研究をしているベトナム人スタッフと一緒にいるのは公私に及んでいい面もありますが、悪い面もあります。たとえば、私はベトナム人しか知らないような場所や物事を彼らに教えてもらっていますし、隣の席のD君はひょうきんなので、しょっちゅうおバカな話をしています。悪い面としては、調査に行く時はいつもスタッフのだれかが付いてくるような暗黙のルールがあります。フレラボの他の人にはそのような制約はありません。これはベトナム語を話せない自分には便利ですが、交渉や共同研究をする相手が英語を話せれば別に必要ありません。

 ベトナムにはNIHEのほかにも、パスツール研究所という有名な医学系の研究施設があります。パスツール研はベトナム国内に4か所ありますが、一番大きなのはホーチミン市にあります。それぞれの研究所が所在する地域周辺をカバーするといいますか、ベトナムは日本以上に縦割りなので、別の言い方をすると縄張りにしています。NIHEは国立の機関なので全国区で仕事をするわけですが、一応その地域の研究施設には筋を通す必要があるらしいです。

 私は8月からホーチミンのパスツール研の人たちと一緒に仕事をするのですが、やはりエントラボのスタッフを連れて行くことになりました。けれど、最近、NIHEとパスツール研の昆虫研同士の関係があまりよろしくないようで、パスツール側からかなり不快感を示されて困っています。人手が足りないのならパスツールから出すとか、なぜチュノダだけ一人で来れないんだ、とか言われるのですが、しょーがねえだろ、としか正直なところ自分には言いようがないです。

 

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2008年7月22日 (火)

筋肉痛と野外調査の準備

 今日は、いつもの倍の時間をかけて通勤しました。両腿の裏側が筋肉痛で、まともに歩けませんでした。ハノイには温泉も公衆浴場もないので、こういうとき風呂のある部屋にすればよかったかなと思います。徐々に体が慣れてくるのでしょうが、八年間のブランクは相当きついです。

 八月にはホーチミン市まで二回往復しなければなりません。一度は打ち合わせと講演、もう一回はデング熱媒介蚊の調査です。調査は10日間ほどかかります。それからハノイ近郊で蚊に目印をつけて放し、再び回収する試験を近々行うため、その下見と器材の準備もしなければなりません。今週の木曜日から日曜日まではHBさんについて中部山岳地帯に行って、コウモリの捕獲と外部寄生虫の回収を行います。だんだんフィールドに出る機会が増えてきます。

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2008年7月 6日 (日)

新任紹介としてのプレゼン

 9時から私とHさんのプレゼンテーションがありました。新庁舎の2階の会議室を使ったのですが、思っていたよりも人が集まっていました。30人くらいでしょうか。ウイルス、細菌のラボの若い人が目につきました。エントの部屋からはYさん、PAさん、POさん、Dさん、ドクター以上の人が聴きに来てくれました。私はマダニとシカに関するこれまでの研究について話をしました。

 マダニについてその生物的なことを最初に簡単に説明した後、現場での疫学調査についてふれてマダニとシカとの関係について問題提起をし、調査内容、結論について述べました。シカによる森林の更新の阻害や裸地化による土壌流出が日本でも問題になっており、マダニすらも住めなくなる状況が起きていることを伝えました。最後に、秘書のTさんに教えてもらったベトナム語の歌詞を示して、ベトナムがいつまでも美しい自然を残していくことを願っています、と話を締めくくりました。この歌は私たちの歓迎会の余興でベトナム人の方々が歌ったものでした。

 美しいベトナム、それを残すのは、あなた次第。

 (ほんとは歌って締めたかったんだけど、最後のスライドの話が長くなってしまって、すべりそうな気がしたのでやめました。)

 

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2008年6月28日 (土)

第三の故郷

 今日は飲みたくなって飲んできました。

 私にはふるさとが三つあります。一番目はもちろん群馬の実家です。二番目は学生時代にお世話になった金田荘(名前が悪いので、私が出てから金田APに変わりました)。三番目は長所ステーション。マダニの調査でよく泊まっていた場所です。ホテルを経営している大家さんが、空き家をそのままにしているのは良くないという理由でステーションのリーダーのOさんにただで貸していてくれた場所です。ここに私らは泊まってシカの調査やらマダニの調査をさせてもらいました。

 しかし、時の流れでしょうか。あまりにも全国で野生動物が問題になったせいか、野生動物を専門にする会社が成り立てるようになりました。それで、県の職員がボランティアで旗を一生懸命振っていたのが、そうしなくても済むようになりました。ある意味、良くなったのですが、ある意味、個人的にはつらいです。思い入れのあった場所がなくなったのですから。

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2008年6月26日 (木)

パスツール研での打ち合わせ

 今日は日帰りでホーチミン市のパスツール研究所に行ってきました。7月からホーチミン市郊外で行う予定の野外試験の打ち合わせです。ハノイから私とデング熱ウイルスの専門家のHSさんとで朝9時に研究所を出発しました。ホーチミン空港にはパスツール研のTNさんが迎えに来てくれていました。

 今回、私は蚊の採集と蚊からのウイルス抽出を行う予定で、パスツール研のウイルス担当のHさんとの話し合いの中で、垂直感染について調べたいと述べました。そのあとで具体的な数字の見積もりについて相談したのですが、私のど下手な英語の説明の仕方がなぜか彼女のつぼにはまったらしく、よくわかりませんがずっと笑い転げていました。生態とか行動とかの説明ならまだしも、ウイルスとかの話だと皆目何言っていいかわかりませんし、身振り手振りと片言の英語で伝えようとしてもしんどいです。あとでTNさんに聞いたら、おまけに顔が真っ赤になっていたとか。何とか協力はしてくれそうですが、詰めが足りなかったことを反省して、HSさんともう一度サンプル数などを検討しなおすことにしました。まだ、話し合うことはあったのですが、帰りの飛行機に間に合わなくなりそうだったので、蚊のサンプリングで切り上げて、空港に向かいました。HSさんはいろいろ確認できてよかったを話していましたが、私は説明する時間が足りなくて、いまいち納得がいきませんでした。

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パスツール研の室長のLさんが私たちのために用意してくれたココナッツジュース。水にしては濁っていると思って、これ何ですかと尋ねたら、果汁を取る前の果物を持ってきてくれました。味は微妙に甘い感じです。健康に、特にお肌にも良いと説明してくれました。

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2008年6月25日 (水)

研究テーマでまだ悩む

 こちらで研究することを先週からぐじぐじと考え、時折思い出したように文献検索をして、プリントアウトした論文を読んだり、教科書を眺めたりする日々を送っています。一旦腹をくくれば、あとは黙々とデータを取る毎日ですが、計画段階の今は悩んでばかりです。

 マダニをやり始めた頃は、他人の研究から刺激を受けると、その材料が哺乳類であろうと鳥であろうと自分の研究に取り入れましたが、今は縛りがあるような感じがしてどうしてもそこから身動きがとれません。自分が面白いと思うことで、かつ、論文になることがこれまでの研究者としてのテーマ選びの基準でしたが、もう一度この原点に戻って考えたいと思います。

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2008年6月22日 (日)

直球女からの諫言

 先週長崎で検討した、今年の研究計画をエントの室長のYさんに昨日見せたのですが、調査項目の中にエントの人たちが含まれていなかったためにすっかり機嫌を損ねてしまいました。そんなに南部で仕事がしたいなら、ハノイにいる必要などないとまで言われてしまいました。Yさんとの話し合いの後で、フレラボで今度のプロジェクトのウイルス担当のHSさんとYさんとの件について話をしたのですが、Yさんの提示したウイルス分離をエントの実験室で行うというには無理がありすぎるという結論になりました。

 デング熱の発生患者数は南部で圧倒的に多く、媒介するネッタイシマカの分布も南部に偏っています。デング熱に関連した調査となると俄然南部を中心に活動することになります。私としては今年度は今年のプロジェクトの蚊の採集とウイルス分離、分子生物的な技術の習得に徹して、来年度にエントの人たちと何かプロジェクトを行うつもりでいたのですが、今年から始めていかざるを得ません。

 その日はベトナム語の試験があったので、まっすぐ帰ろうと思っていたのですが、また強引なY教授に誘われて飲みに行きました。上司のお誘いを断れない部下。飲み行くなら電話をしてくださいと言い残して早めに帰って行った同僚のHTさんに電話を入れて、「紀伊」に着いたまではいつもどおりだったのですが。

 まず、先日の私のスーツ姿にHTさんからダメ出しが出ました。10年くらい前の古臭いスーツだったと。

 おっしゃる通り。衛研時代に買ったものです。新しいのを買いたいと思います。

 次に、昼間のHSさんとの会話が聞こえていたようで、私の仕事への態度を非難されました。その前にY教授から、角田さんは怒ったことないよね、と言われたばかりでしたが、これにはさすがに、女でなかったらぶん殴っていたと思います。

 諫言は耳に痛し。前向きにとらえていくだけです。

 それにしても、私は友人から直球男と言われますが、今回はヘルメットなしでバッターボックスに立たされて危険球を投げられた気分でした。

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2008年3月29日 (土)

房総のシカ調査への参加

 先週は房総に行っていたので、久々の投稿です。毎年3月末になると、房総半島南部に生息するシカの個体数調査に参加しています。20人近くで一斉に山に入って1時間半の間に目撃したシカの数を集計して、その地域のシカの密度を推定します。通いだしてからもう10年近くになります。興味本位で初回は参加したのですが、ズボンについたマダニを参加した人たちが払っているのを見て、シカの密度と人に付くマダニの密度との関係を何とか調べられないだろうかと考えました。主催者のOさん、Aさんと相談して、2回目の参加から皆さんに通称ダニ布をつけてもらってマダニを集めています。付いたマダニを布から取り出すのと、布を洗って片付けるのが大変なのですが、今回は房総のシカ調査会のI君に手伝ってもらいました。何とかマダニを取り終えましたが、まだ同定作業が残っています。

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 カウント調査でいつも楽しみなのが「舟よし」での夕食です。右が毎年食べている1500円のコース、これに味噌汁がつきました。なめろうも入った刺身丼、でかいかき揚げに小鉢が三品。左が調査の終了した日曜日の夕方にいつものメンバーで再度「舟よし」に行って私が注文したアジ定食、1250円。アジの刺身よりも天ぷらのでかさに、「なんじゃこりゃー。」

 今回はまる二日山に入ってキョンを一頭見ただけでした。わりと奥のシカの見れそうな区画に配置されたのですが、まったくシカを見れませんでした。いつもは10頭前後見るのですが、こんな年は珍しいです。

 土曜日の夕食のときに近々国外に行く私のためにビールが振舞われました。5年ほど前のAさんの結婚の報告以来です。一言を求められたのですが、いつもダニ調査に協力してくれるのを皆さんに感謝すると同時になかなか論文にしていないのを詫びました。

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2008年3月13日 (木)

追い込みに入った実験

 蚊の産卵行動の実験も追い込みに入ってきました。ベトナムから帰って早々に蚊を吸血させて実験を再開しましたが、なかなか思うような結果が得られず、昨日からデータを取り直しています。また、リサーチで産卵行動を担当しているFさんと不足の実験データについて話し合い、おとといから追加の実験も開始しました。2月中に終わらせる予定の実験でしたが、このままだと3月末までかかりそうです。昨年末から散々苦労してきただけに、なんとかして論文の形にして終えたいです。それから、N君とFさんには五月の発表会で有終の美を飾って欲しい。

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2008年3月 8日 (土)

もがくテーマと募金に隠された激励

 ベトナム出張中にもリサーチの学生二人に一回目のデータを取ってもらっていたのですが、今日から二回目の蚊の産卵行動の実験を始めました。この実験の予備データの結果をベトナムと先日の研究室のセミナーで発表しましたが、どちらも突っ込まれまくりでした。教官なら本来完璧な発表をしなければならないはずですが、私はごまかしとハッタリができないため、リサーチのFさんにはかなり不安を与えてしまった気がします。まだまだ自分の研究テーマについて勉強不足です。ただし、今回のデータが加わればそれなりに結論が出ると思います。

 先日、千葉大から園芸学部創立100周年記念事業の募金が来ました。封筒を開けてみると、当時の指導教官であるA先生から直筆で、「お変わりなく魂を込めて研究に取り組まれているかと存じます。道は必ず開けますので、今を大切になさってください。」との文が書かれていました。A先生には先日、四月以降のことで多少落ち込んでメールを出したので、その返事をこのようなかたちでいただいきました。

 衛研時代、野球部に所属していました。後半はピッチャーもやっていましたが、私の球は重い、速さはなくて剛球、と言われました。重い直球。生き方、学生への指導、そのまんまです。

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2008年3月 3日 (月)

やっと見つかったテーマ

 今、ハノイにいます。ベトナムの国立感染症研究所に来て、4日目です。今日の午前中はセミナーをしました、というかボスのT教授から、「お前、顔見せ代わりにやれや」、と言われたので、長崎で今やっていることを発表しました。今まさにリサーチの二人にデータを取ってもらっていますが、その予備実験の結果をこの3日間でまとめてみました。

 本人としてはそれなりに面白い結果なのですが、これまでの経験で自分で面白いと思っても他人は別なので、不安でした。案の定、いくつか英語の表現の点でつたない箇所があり、最初はうまく伝わりませんでしたが、(いつものように粗相がありましたが)なんとか終えました。結構、いやらしい質問をする女性が途中から加わって、はじめはYさんのお嬢さんかと思っていたのでしたが、あとで自己紹介されて、アメリカに留学していた昆虫学部門の人だとわかりました。それにしても、蚊が栄養条件によって卵を産み分けるのが応用的にどうなのかなんて、わっかるわけないでしょーに、と開き直るしかないでしょーが。正直言って、去年の六月から悪戦苦闘してテーマ探し(自分探し?)をしてなんとかなりそうな現象を見つたんですから。そしたらまた、4月から新たなテーマをやらなければいけないのだから、どんだけー、です。

 もっと地道に続けたいテーマですが、4月からの環境づくりが大変そうです。 

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2008年2月 9日 (土)

昨年の研究とこれからの研究

 昆虫の飛翔距離推定法についての論文を書いたのですが、先日、4つ目に投稿した雑誌からレフリーの意見に従って修正してください、という返事が戻ってきました。昨年の今頃から書きだして、3月末の学会発表と同時に投稿した、私としてはかなり早くに仕上げた論文だったのですが、一年近くかかってまだアクセプトされていません。Like a rolling stoneです。

 自分の実験とリサーチの学生の指導で最近はいっぱいいっぱいになりつつあります。今年は3月末にかなりばたばたしますが、その前にこの原稿を修正し、実験とリサーチを仕上げておきたいものです。それから、来年度から始める研究計画を詰める必要があります。そのために今日は帰りに寄り道して、ウイルスの専門家と少し話をしました。蚊が媒介する病気について蚊とウイルスをはじめさまざまな関係についてアイデアを暖めています。

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2008年2月 4日 (月)

数学科中退

 恥ずかしながら、私は今の研究室で数学ができると思われています。一応、統計についてひととおりのことを理解しているからかもしれませんが、それに加えて私には数学科入学、中退という経歴があるせいかも知れません。

 私が最初に大学を受験したときは今で言うセンター試験の前身の共通一次試験がはじまって3年目のときで、一次試験の成績を考慮して受かりそうな国立大学に応募したらたまたま受かったのがS大学でした。ただし、理学部生物学科を第一志望にしたにもかかわらず、第二志望か第三志望にした数学科に合格していました。生物を勉強したい決意は固かったので、本来なら蹴って予備校に通うかするはずですが、当時は父親の会社が倒産して間もなかったため、大学に行かせてやるだけでもありがたいと思え、という空気が親戚をはじめまわりに満ち満ちていたので、S大に通いながらもう一回大学受験にチャレンジすることにしました。受かったあとは自力で生活する予定でした。家の経済状態を考えたら、授業料免除も奨学金も何とかなりそうでしたから(実際なんとかなりました)。

 同じ大学の生物へ編入という手もありましたが、空きが出ないと無理ということで、そんな他人任せの人生の選択はできないと思って、他大学を受験しました。教養の単位を取っておけば次の大学で活かせると聞いて一年目は真面目に講義に出ていましたが、二年目に専門の授業が始まると最初の一ヶ月でこれはついていけないと悟って、英語と体育以外はいっさいサボりました。特に難しかったのが、Y教授の「群論」でした。ちょこちょこっと黒板に内容を説明して、後は学生一人ひとり前に出て来させて練習問題を解かせるのですが、さっぱりできませんでした。そういえば、最初の授業で出席表の裏に、知っている数学者の名前を書け、と言われたことがありました。当時まだガウスもガロアも知らなかった私は、そんなもん、これから数学科の授業で教わっていくんじゃないか、と妙に反感を感じた記憶があります。そして、このときに数学に対するコンプレックスが生まれたような気がします。

 本来は数学が好きなので、大学教養程度の数学をまた勉強しなおそうとも考えています。ところがどうにも、S大のときに身に沁みた数学コンプレックスはまだとても根深く、「数学に強い」とか人から言われると、ああーやめてくれー、と心の中ではムンクの叫び状態になってしまうのです。

 受験の方は結局二回目で志望大学に受かりました。事後承諾となりましたが、まわりも金は生活費から全部自分で工面する、というので納得してもらいました。ただし、三歳下の妹が私のせいで大学進学を諦めました。この頃から私を応援してくれた妹には今でも頭が上がりません。

 

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2008年1月28日 (月)

石垣島

 土曜日に石垣島から帰ってきました。毎日必ず雨に降られて、必ずしもいい条件ではありませんでしたが、何とかデータは取れました。当初予定していた調査はあいにくうまくいきませんでしたが、かわりに古タイヤに発生するボウフラの分布調査を石垣島と竹富島で行いました。

 調査そのものは毎朝8時半に民宿を出て、夕方5時過ぎまでたっぷりデータを取り、かなり充実していました。調査を兼ねて竹富島に渡ったり、於茂登岳に登ったりもしました。私と、明るく、しっかり者のFさんと繊細で、人に優しいN君の三人は三人とも、食べるのも飲むのも大好きなので、昼食と夜の飲み会、その後のデザートもかなり楽しみました。

 どうにかリサーチの半分が終わりました。今沖縄にいる二人が戻ってからは羽化した成虫の同定とデータの解析です。

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